Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
運重機能障害の治療にあたって,単に古くからの筋力増強法を行なうだけでなく,神経生理学の諸法則を利用して,一層の効果をあげようとする試みは以前から多くの人によってなされてきたが,それが散発的でなく,かなり体系的に行なわれるようになったのは比較的近年である。その代表的なものは,発表順にTemple Fay(有名な脳外科医),KabatとKnott(医師とPT),Bobath夫妻(医師とPT),Rood(OT,PT),Brunnstrom(PT)などで,いずれも1945年以後に体系の展開をみている。わが国では従来これらの諸体系あるいは学説を一括して「ファシリテーション・テクニック」と呼ぶことが多かったが,厳密にいえばこれはあまりよい名前ではない。実際の技法の上では促通(facilitation)だけでなく,抑制(inhibition)が重要な因子として含まれているし,すべての学説の究極の目標は促通と抑制の総合による(更には知覚と運動の総合による)運動調節機構,いわゆる統合(integration)の回復におかれているからである。したがって,ファシリテーションという言葉よりも,“神経生理学的アプローチ”あるいは“神経筋再統合”(Neuromuscular reintegration)などと呼ぶことがふさわしいと考えられるが,本稿では一応広く用いられている名称に従っている。
これらの諸説はいずれも神経生理学に立脚すると称しているが,その体系はそれぞれかなりに異なっており,一見互いに矛盾する点も決して少なくない。神経生理学自体が文字通り日進月歩している現在,かなり新らしい生理学的知見をもたえず取り入れている体系もあれば,比較的古い時代の生理法則に安住している体系もある。またきわめて理論性が強い一方,理論倒れの危険を感じさせるものもあれば,かなり経験主義的なものもある。一つの体系をとってみても,その中には以上あげた要素が種々混じているようである。将来の真に望ましい姿としては,これらの種々の体系・学説が,理論と臨床の実際の両面から厳密なふるいにかけられて,そのきびしい検討に生き残ったものに基づいて新しい一つの統合的な体系が打ちたてられるべきなのであるが,現在われわれはまだほんのその出発点に立っているにすぎないという感が強い。
これらの学説や実際のテクニックのわが国での紹介あるいは追試は,1960年代の初期から服部,原,小池,高橋,福井,佐藤および筆者などによってなされてきたが,一部を除きあまり体系的ではなく,また具体性にも乏しかった。現在この問題についての日本語の文献でもっとも詳しいものはウィラードおよびスパックマンの「作業療法」(佐々木編訳)の第18章である。この本には各種の異なった立場・学説を統合していこうとする姿勢がかなり明瞭であり,それが長所であるが,一方教科書としての制約上,具体的な技法の説明は必ずしも十分ではない。われわれが今回この「講座」で意図しているのは,以上の欠を補うような,具体的な技法にかなり重点をおいた紹介である。すなわち,重要な論文でありながら,これまで詳しく紹介されたことのないものを,大事な点をできるだけ省略せずに,具体的なままに紹介しようとするものである。そのため連載がやや長びくかもしれないが,問題の重要性からして,読者のご了解を得たいと願っている。
Copyright © 1968, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.