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毎年,春のこの時期に奈良県立医科大学で講義を担当している。今年は講義の帰路,西ノ京の薬師寺を訪れたところ,10年にも及ぶ大修理を終えた国宝の東塔の威容を目の当たりにすることができた。しかし,新型コロナウイルス感染症の猛威はこの地にまで及び,4月に予定されていた東塔の落慶法要や公開は延期になったようである。言うまでもなく,薬師寺金堂の本尊は和辻哲郎が古寺巡礼の中で「東洋美術の最高峰」と称賛した薬師如来,脇侍の日光菩薩・月光菩薩とともに薬師三尊である。薬師寺は天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒祈願のために創建したものだが,少し時代が下った東大寺大仏建立は天平の天然痘大流行を撲滅する意図があったとされる。天然痘も新型コロナと同様,もともと日本にはなく,6世紀半ばに大陸から入ってきた。考えてみれば,白鳳・天平の古から今日に至るまで,人は感染症の流行と闘い続けている。当時の天然痘から中世のペストや梅毒,最近のHIV,エボラ出血熱,SARS,MARS,そして新型コロナ。新型コロナに関しては,武漢市中心医院の若き眼科医,李文亮氏が2019年12月末にいち早くSARSに似た肺炎の存在に警鐘を鳴らしたが,当局からは不当に世間を騒がせたとして,訓戒処分を受けていた。
さて,本号の特集は「神経疾患の診断における落とし穴—誤診を避けるために」である。新型コロナのパンデミックを例に挙げるまでもなく,新しい病気が見出される過程では誤診や診たての違いはつきものである。神経疾患も同様であり,脚気や慢性外傷性脳症の歴史からわれわれは多くのことを学ぶことができる。私自身が強い衝撃を受けたのは,1980年代の終わりにはじめて皮質基底核変性症の患者に接したときのことである。今日ではよく知られた病態ではあるが,最初に診たときはまったく診断がつかなかった。緩徐進行性の失語と失行があり,アルツハイマー病の特殊型のようにも見えたが,画像上は顕著な左右差のある脳萎縮を認め,これはむしろ血管障害ではないかと疑ったりもしていた。そんな折に当時,故・本多虔夫先生と渡辺良先生を中心に横浜市立市民病院で行っていた“New England Journal of Medicine”の“MGH Case Records”の輪読会でMGH Case 38-1985を読み,この患者はこの病気に違いないと確信した。
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