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2015年10月に,急性の右上肢単麻痺を呈した18歳男子が腕神経叢炎の疑いで筆者の外来に紹介されてきた。発症は8月で胃腸炎の直後に神経症候が出現しており,右C5〜6領域支配筋中心の限局性筋力低下が認められ,感覚障害がなかったことから,ウイルス感染による頸髄前角炎を考えた。日本を含む先進国ではワクチンによりポリオはほぼ絶滅していることから,以前に文献で知っていたエンテロウイルスA71による前角炎の可能性があると,陪席していた女性研修医に説明したところ,彼女はスマートフォンで「エンテロウイルス」「脊髄炎」でGoogle検索を始めた。第1にヒットしたのは,エンテロウイルスD68による弛緩性脊髄炎が2015年8月に埼玉県で集団発生したとの記事であった。D68はこの場で初めて知ったウイルスであり,やはり臨床の現場では新たな感染症の流行などが日々起こっていること,IT時代に入りその場でネット検索をしなければならないことを実感した。これが本号の特集である「知っておきたい神経感染症」の企画を考えたきっかけである。陪席の研修医からは「近いけどアルファベットがちょっと違いましたね」と皮肉を言われた。
ちょうど時を同じくして,全国13施設で行っていたギラン・バレー症候群に対するエクリズマブ医師主導治験が終了した(34名における二重盲検・ランダム化試験)。結果は投稿中であるが,予想どおりに後遺症を軽減していた。エクリズマブは補体C5に対するモノクローナル抗体製剤で,発作性夜間ヘモグロビン尿症に対して2008年に承認されている(従来療法で難治の重症筋無力症にも2017年12月に承認)。同症は赤血球膜で補体が活性化して溶血を起こす重篤な疾患でありエクリズマブは補体活性化を著明に抑制する効果の高い薬剤であるが,重篤副作用として髄膜炎球菌による髄膜炎が問題となる。慢性疾患では投与前に髄膜炎菌ワクチンを行って予防を行うが,ギラン・バレー症候群では前もってのワクチン接種はできないので8週間の抗菌剤予防投与のプロトコールとしたが,治験期間中に34名の参加者に髄膜炎菌感染が起こらないか不安が続いていた。ちなみに英国の同剤の治験は髄膜炎を恐れて同意が得られなかった患者が多かった結果,目標症例数(30名)を達成できず,8名で中止に至った。この間は日常診療ではあまり気にしたことのない髄膜炎菌が頭を離れなかった。幸いわれわれの治験では発症者はなかった。
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