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本号の園生雅弘先生の総説「胸郭出口症候群」にあるFig.1「胸郭出口」の解剖を見て,懐かしい思い出がいろいろと蘇ってきた。医学部,歯学部での特徴ある講義の筆頭は人体解剖であることは今も昔も変わらないところであろう。実際に,この図にあるように縦横に走る筋肉の間から,神経がこれまた縦横に走る様子は見事というか,いったい誰がどうやって創造したのか,その巧みさには唸らされる。上手な外科医は記憶力がよいと言われる。この複雑な三次元構造を完璧に記憶し,さらに,頭の中で自由に回転させることができるらしい。マクロの精緻さもそうであるが,ミクロの精緻さにも圧倒される。毎年,蝸牛のコルチ器の電顕写真を講義で使うが,V型に配置された繊毛を持つ有毛細胞が,内に1列,外に3列整然とならんでいる様を初めて見たときに,思わず「なんじゃこりゃ」と叫んだことを思い出す(もしまだ見たことのない方は岩波新書『細胞紳士録』をご一覧)。
そして,ほぼ同じ頃に講義を受ける「発生学」という「はしか」にかかった学生は多いのではなかろうか。考えてみれば,この見事な創造物も,精子と卵子がくっつくことで,すべてが始まるわけで,その過程は圧巻である。われわれの学生時代には遺伝子操作という究極の研究手法がまだなく,時間を追って,その創造の様を観察するしかなかった。それでもその過程のダイナミックさは,教科書の図から十分に伝わってきた。中公新書『胎児の世界』という本で,東京医科歯科大学から東京芸術大学に移られ解剖学の教鞭をとられた三木成夫先生が,発生の過程を追うために初めてヒト胎児標本の頭部を落とさなければいけなかったときのためらいと,その後に日齢を追っての発達の様子が観察できた際の感動を書いておられる。という具合にFig.1を見てまともな学生とはとてもいえず,実習も勉強もまじめにやったわけではないが,それなりに洗礼を受けていたことを思い出した次第である。
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