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伊勢神宮は式年遷宮といって,20年に一度神殿を建て替える.せっかく建てたものを20年程度で建て替えるのは一見無駄のように思えるが,実は建て替えることにより本造建築の技術や精神を後世に確実に伝えることを意図しているという.この20年という期間は実に微妙であり,この間隔が文化の継承に最も良いということらしい.しかし,石造りのような長年もつ建造物を建ててしまうと,文化は伝えられなくなってしまうのである.
これはデジタル技術隆盛の今,実に象徴的な話である.何度コピーしても,元の信号が劣化しないデジタル技術は,出た当初実に素晴らしい発明と捉えられ,私もその恩恵を喜んだものであった.実際,今やデジタル技術を抜きにしては,論文を書いたり講演の準備をすることなどできない状況である.しかし,コピーするたびに確実に劣化するアナログ技術だったからこそ防がれていた不法コピーに対する防護策を講じなければならないなど,多くの弊害も出てきている.それ以上に深刻なのは,デジタル技術は先人たちの作り上げた技術や精神の伝承を阻んでしまうという点なのである.江戸絵画の琳派に代表されるように,昔の人は先人の描いたものを模写することにより,先人の技術だけでなく精神も学んできた.尾形光琳に100年遅れて現れた酒井抱一は,光琳の絵を真似ることにより,彼の技術,精神を学び,それは後に琳派と呼ばれることとなった.こうやって文化は直接人と人とが触れ合わなくても,残された作品からだけでも伝えられていく.法隆寺の昭和大改修にあたった西岡棟梁は,修理をすることで千年以上も前の職人の考え,技術を学ぶとともに,それに対し後世の人がどのように修復してきたかも学んだのである.簡単に他人の成し遂げた成果をコピーできてしまうデジタル技術は,人々が長年かかって学んできたやり方を根底から変えてしまうかもしれない.
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