Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
痙性対麻痺とは,両下肢の痙性と麻痺を呈する状態であり,錐体路(皮質脊髄路)障害を想定した用語である。したがって,下肢腱反射亢進,Babinski徴候陽性を認めるのが原則である。また,後述するように神経内科医は,その病態も考慮してこの言葉を使っている場合が多い。
進行性の痙性対麻痺は,様々な神経疾患で引き起こされ,遺伝性神経疾患においても比較的よくみられる徴候である。例えば,adrenoleukodystrophy(ALD)遺伝子の変異では,ALDの表現型だけでなく,adrenomyeloneuropathy(AMN)という進行性痙性対麻痺を主体とする表現型がみられる。また,遺伝性脊髄小脳変性症の一つであるMachado-Joseph病においても,小脳失調に加えて痙性対麻痺をみる場合があり,時にそれが主体となることもある。一方,進行性の痙性対麻痺を主体とし,特異的診断がつけられない遺伝性の病的状態が数多く存在し,それらは包括的に遺伝性痙性対麻痺(hereditary spastic paraplegia:HSP)と呼ばれてきた。
もともと,HSPの記載は,1880年にStrmpellが常染色体優性遺伝の1家系を記述したことに始まる1)。続いて,StrmpellとLorrainにより同様の症例が報告されている2, 3)。これらは,純粋に痙性対麻痺のみか,または軽度の感覚障害や直腸膀胱障害を伴い,純粋型HSPと考えられる4)。その後,視神経萎縮,網膜色素変性症,難聴,錐体外路症状,精神発達遅滞,痴呆,遠位筋萎縮,末梢神経障害,白内障,魚鱗癬,合指症などを伴うものも包括され,複合型HSPに分類される4)。
このような歴史から,HSPは極めて不均一な疾患群であることは明らかである。しかしながら,伝統的に神経内科医が本概念を許容してきた理由は,これらの疾患に共通する病態を想定したからであろう。足先から始まり上行する痙性と錐体路性筋力低下は,中枢神経内の最も長い軸索から障害が始まることを意味する。つまり,神経細胞体の障害は,あっても二次的なものであり,軸索変性過程が主体であると推定できる一群がHSPであるという思いがあったからではないだろうか。神経病理学的にも,脊髄の錐体路,後索,脊髄小脳路の系統変性を主病変とし,神経細胞体が変性を起こす前から軸索に変性があることが指摘されている5)。
神経細胞は,極めて極性の高い細胞である。核が存在する神経細胞体から長く伸び出た突起は軸索と呼ばれ,先端部分でシナプス前膜を形成する。軸索は長いもので1 mにおよび,神経細胞体の1,000倍以上の容積を持つ。軸索を維持する生物学的機構の欠陥こそが,より長い軸索から損傷するという現象を引き起こし,痙性対麻痺という表現型を説明できると考えられてきた。
分子遺伝学的連鎖解析により,20以上のHSPの遺伝子座が明らかとなっており,SPG(spastic gait)番号がつけられている(表1)。その中の9遺伝子座で原因遺伝子が同定されている(表1)。遺伝子産物の機能や軸索変性との関連で未だ不明な点が多い。しかしながら,幾つかの知見は,軸索維持に関わる分子機構の欠陥という点でHSPは一群を成しうるという推定を支持してきていると思われる。本稿では,そのような軸索変性の観点から,HSP遺伝子研究の最近の成果を検討してみたい。
Copyright © 2003, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.