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はじめに
痙性対麻痺(spastic paraplegia:SPG)は,遺伝性であることが多いことから遺伝性痙性対麻痺(hereditary spastic paraplegia:HSP)あるいは家族性痙性対麻痺(familial spastic paraplegia:FSP)と称され,両下肢の痙縮を主症状とする進行性変性疾患である18).HSPは,臨床症状では基本的に下肢の痙性を主徴とする純粋型と,それに加えて末梢神経障害や小脳失調,脳梁菲薄化,てんかんなど多岐にわたる随伴症状を伴う複合型に分類される.遺伝形式では常染色体顕性(優性)遺伝性(ADHSP),常染色体潜性(劣性)遺伝性(ARHSP),X染色体劣性遺伝性(XRHSP),ミトコンドリア遺伝性3,4)などを示し,病因遺伝子または遺伝子座が同定された順にSPGナンバーがつけられ,2023年2月末の段階でSPG88まで登録されている17).各病型の臨床症状や画像所見などの特徴や,軸索輸送・小胞体の形状・ミトコンドリア機能などの障害などが病態に関わっている1,3)ことが明らかになってきており,臨床症状,遺伝形式ともにきわめて多様性のある疾患群である.
ADHSPの中では全世界的にSPG4が最も頻度が高く40〜50%の家系はSPG4と診断され9),わが国では孤発例でも5〜10%程度がSPG4と診断されている8).臨床病型はほとんどが純粋型であるが,一部に複合型が存在する.一方,ARHSPでは,わが国では岩渕ら10)などにより脳梁菲薄化と認知機能障害を呈する潜性遺伝の痙性対麻痺(ARHSP-TCC)の多数例が臨床・病理学的に検討されてきたが,2000年にShibasakiら22)がこれらの症例の遺伝子座を解析し,ほとんどの症例が前年にMartínez Murilloら14)がSPG11として報告した15q13-15領域に連鎖していることが確認された.ARHSPの中で最も頻度が高いのはSPG11であり,脳梁菲薄化,認知機能障害,末梢神経障害などが特徴である.脳梁菲薄化を特徴とするHSPのうち40%程度はSPG11とされる9).
診断の際,当該遺伝子変異が認められれば確定診断がつくものの,同じ遺伝子変異でも臨床像が家系内や家系間で異なり得る16)ことや,異なった遺伝子変異でも臨床像が類似する場合がある22).そのため神経病理所見も同様に,共通の遺伝子異常が存在しても異なった所見を呈する可能性があることが予測される.
2011年と2014年にHSPの病理に関して検討する機会があった20,21)が,もともと剖検例が少ないうえ,遺伝子変異が判明しているHSPの剖検例がきわめて少なく,十分な病理学的検討がなされていないのが現状であった.本邦では,当疾患は指定難病を対象とした行政において脊髄小脳変性症の一部として取り扱われており,2002年度の特定疾患受給者証の所有者数10,487人のうち4.7%(10万人あたり0.9人)と報告されており18,24),稀少疾患である.そのため,遺伝子診断の施行にはハードルがあり症例の蓄積ができていなかったが,2006年に厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「運動失調に関する調査研究班」のプロジェクトの1つとして,Japan Spastic Paraplegia Research Consortium(JASPAC)が設立され,2022年4月22日現在で全国337施設から938検体が収集された.そのうち721例で解析が終了し,うち374例(52%)で既知の遺伝子に変異が認められたと報告されており11),JASPACのHSP遺伝子検査への寄与は多大である.しかしながら,前回2014年の病理所見の検討21)から約10年が経過したが,遺伝子異常が確認された新たな剖検症例は調べ得た限りでも数えるほどしか存在せず,遺伝子研究における進歩9,11)と比較すると,神経病理分野では新たな知見に乏しいのが現実である1).
本稿では,ADHSPとARHSPの神経病理所見を自験例にて提示し,XRHSPについては文献的に記載する.
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