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■最近の動向 近年,分子腫瘍学(molecular oncology)の進歩により,肺癌などの悪性腫瘍の発生とその進展の機序については,長い時間的経過で複数の癌遺伝子の活性化や癌抑制遺伝子の不活性化が多段階的に蓄積されて,正常細胞が前癌細胞を経て癌細胞へと転化することが明らかにされてきた.癌遺伝子(oncogene)は突然変異,遺伝子増幅,染色体転座などにより活性化され,その遺伝子産物が異常に発現すると細胞増殖を促進する.癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene)はその遺伝子産物が細胞増殖を抑制しており,その遺伝子が不活化されると細胞が増殖する.肺癌では癌遺伝子としてrasやmyc遺伝子,癌抑制遺伝子としてp53やRb遺伝子が注目されている.ras遺伝子族にはK-ras,H-ras,N-rasがあり,細胞膜に局在するGTP結合蛋白質をコードし,細胞内情報伝達系に関与する.肺腺癌の20〜30%の症例でK-ras遺伝子の点突然変異を認め,GTPase活性の低下によりGTP結合蛋白質が増加し,細胞増殖が促進される.この点突然変異は喫煙者の腺癌に高頻度(60%以上)であり,タバコ中の発癌物質によって惹起されることが報告されている.K-ras遺伝子の点突然変異陽性の腺癌症例は陰性の腺癌症例に比べて予後不良との報告がある.また,肺癌ではmyc遺伝子族(c-myc,N-myc,L-myc)の遺伝子増幅を認め,小細胞癌の25%,非小細胞癌の10%に認められ,特にc-myc遺伝子の遺伝子増幅は肺小細胞癌の予後不良を示す因子と言われている.一方,癌抑制遺伝子としてp53遺伝子の変異頻度は小細胞癌の80%,非小細胞癌の50%に認められ,p53遺伝子異常の発現頻度と喫煙量の問に高い相関があり,肺癌のタバコ発癌における重要な遺伝子であると考えられている,さらに非小細胞癌患者の術後予後因子であるとの報告が多い.またRb遺伝子の不活性化は小細胞癌の90%以上,非小細胞癌の10〜30%に認められる.近い将来,これらの遺伝子異常を明らかにすることにより肺癌のハイリスクグループの選別,高悪性度群の臨床的層別化,遺伝子治療の導入など臨床の場への還元が可能になると期待される.
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