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はじめに
2009年新型インフルエンザが発生し,今世紀初のパンデミックを引き起こした.このインフルエンザウイルス(H1N1)は弱毒型であったが,小児,あるいは肥満,糖尿病,喘息などの基礎疾患のある人を中心に重症化し,急性呼吸窮迫症候群(ARDS),心筋炎,脳炎などを引き起こした.重症例のなかには少数ではあるが,体外式膜型人工肺(ECMO)を必要とするような劇症型のものも含まれていた.
一方,世界中へ拡がりをみせている強毒型のH5N1鳥インフルエンザが,次の新型インフルエンザのパンデミックを引き起こすリスクは依然として続いている.インフルエンザウイルスがヒトにおいて強い病原性を発揮した場合は,ARDS,全身性炎症反応症候群(SIRS),多臓器不全(MOF)を引き起こし,集中治療室(ICU)において人工呼吸をはじめとした救命治療が必要となる.ARDSの病態は,制御範囲を逸脱した肺局所の過剰炎症で特徴づけられ,びまん性肺胞損傷(diffuse alveolar damage;DAD),サイトカインの過剰産生(サイトカインストーム),肺血管透過性の亢進による肺浮腫により,急激な酸素化の低下ならびに二酸化炭素の蓄積が引き起こされる1).北米・ヨーロッパコンセンサス会議(North American-European Consensus Conference on ARDS;NAECC)は,酸素化を指標に,P/F比=〔動脈血酸素分圧(mmHg)〕÷〔吸入気の酸素分率(%)〕が200以下をARDSの定義の一つに定めている2).胸部X線写真上びまん性の陰影を特徴とし,瞬く間に肺が真っ白になり,重篤な呼吸不全に陥る.インフルエンザに対してワクチンやオセルタミビル(タミフル®)などの抗ウイルス薬の早期投与が重要であるのは言うまでもない.しかし,重症化してARDS,SIRS,MOFを発症した場合は,ワクチンや抗ウイルス薬はもはや無効となり,残念ながら今のところ決め手となるような有力な治療法がない.ウイルスが侵入した宿主細胞では,ウイルスと宿主の相互作用から様々なシグナル伝達系が動き出し,これらがインテグレートされた形での生命現象を感染現象と呼ぶ.ウイルスの感染力が宿主の防御力より強くなった時,シグナルバランスが破綻し,病原性が発現し感染症が発症する.インフルエンザ重症例に対する有効な治療法を確立するには,ウイルスゲノムの複製や転写などの増殖機構,宿主域やトロピズムといったウイルス側の因子とともに,ウイルスに対する宿主応答機構の分子レベルの理解が重要であると考える.
本稿では,まずインフルエンザウイルスの構造やライフサイクルについて概説し,次いでRNAiスクリーニング,ヒトゲノム解析,マウスモデルを用いた研究などを中心に,ウイルス・宿主の相互作用,ARDSの分子病態に焦点を当てる.さらに,抗ウイルス薬,新しい治療薬の可能性について述べ,最後にARDS,SIRS,MOFからの救命に必須の人工呼吸に関して,肺保護戦略の重要性に言及したい.
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