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はじめに
急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)は,敗血症,胃液の誤嚥,多発外傷,ウイルス感染症など多様な要因によって引き起こされるが,その病態は,好中球,マクロファージなどの炎症細胞の浸潤,びまん性肺胞損傷(diffuse alveolar damage;DAD),サイトカインの過剰産生,肺血管透過性の亢進による肺浮腫に特徴づけられる1).ARDSの定義は,従来は1994年の北米・ヨーロッパARDSコンセンサス会議(American-European Consensus Conference on ARDS;AECC)で提唱されたものが使われていたが2),2012年に同AECC定義の見直しが行われ,ベルリン定義(Berlin Definition)として発表された3).ベルリン定義では,重症度に関して,酸素化を指標に,“軽症”(200mmHg<PaO2/FIO2≤300mmHg),“中等症”(100mmHg<PaO2/FIO2≤200mmHg),“重症”(PaO2/FIO2≤100mmHg)に分類している.さらに“重症”ARDSの定義には,胸部X線所見の重症度,呼吸機能(コンプライアンス≤40ml/cmH2O),ならびに呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure ≥10cmH2O)や補正分時呼気量(corrected expired volume per minute(≥10l/min)といった患者の生命維持に必要となる人工呼吸の換気パラメーターの設定が含まれている.meta-analysisではこの重症度分類は生命予後と良く相関することが示されている.これまでARDSの治療薬の開発を目指して精力的な研究がなされてきたにもかかわらず,現在のところ重症ARDSの生命予後の改善に繋がる有効な治療薬はなく,重症ARDSの救命は困難を極めている.
新型肺炎(SARS),H5N1鳥インフルエンザをはじめとした重症新興呼吸器ウイルス感染症は,ヒトに重症ARDSや多臓器不全をはじめとした非常に重篤な疾患を引き起こす.特にH5N1鳥インフルエンザのヒトでの死亡率は60%にも及び,主要な死因はARDSである4).また2003年に発生したSARSでは半年の間に8,000人が感染し,うち800人が死亡したが,死因の大部分はARDSによるものであった5).このようなウイルス感染症はいったん重症化するとワクチンや抗ウイルス薬はもはや無効となり,有効な治療法がない.現在ウイルス感染で引き起こされる重症ARDSの病態の解明,治療法の開発が重要な課題となっている.ウイルスの増殖には宿主因子が不可欠であるが,ウイルスが侵入した宿主細胞では,様々なウイルス・宿主相互作用が引き起こされる.ウイルス感染に対して宿主細胞ではインターフェロンによる抗ウイルス応答をはじめとした自然免疫が誘導されるが,一方で自然免疫の過剰な応答は肺組織の過剰炎症を引き起こし,ARDSの重症化に繋がる.私達はこれまで,マウスARDSモデル用いてウイルス性のARDS,非ウイルス性のARDSに共通して関与している分子病態として,ダメージ関連分子パターン(damage associated molecular patterns;DAMPs),レニン・アンジオテンシン系,ならびにケモカインCXCL10とその受容体CXCR3の役割について報告してきたので,これらの研究成果を中心に最近のARDS研究について述べたい.
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