胃と腸 55巻10号 (2020年9月)

今月の主題 食道SM扁平上皮癌治療の新展開

序説

食道SM扁平上皮癌治療の新展開 平澤 大
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食道表在癌の内視鏡診断のあゆみ

 1868年にKussmaulが真鍮製の直管を大道芸人の呑刀の体位で食道に挿入したのが人体の食道観察の最初と言われている.1900年初頭には硬性鏡の開発が始まったが,当時は食道表在癌を内視鏡で診断できる精度はなかった.

 1960年頃から軟性鏡の食道ファイバースコープが開発された.それ以前の食道SM癌の診断は主にX線造影検査で行われ,凹凸不整を伴うことや2mm以上の隆起を伴うことを根拠にSM癌と診断していた.しかしこれらは微細な変化なためX線造影はスクリーニングにはほとんど役に立たなかった1).一方で,軟性鏡は急速に機能が向上した.1965年に食道ファイバースコープがオリンパス光学,町田製作所で作製された.アングル機構や鉗子孔,送水・送気ボタンを備え,ほぼ現在の内視鏡と変わりはない構造で,鉗子孔から処置具を通しての治療もできるようになった.X線造影所見をファイバースコープでなぞらえることでSM癌の診断は可能であったが,粘膜内癌は平坦で色調変化が乏しいことから発見は極めて困難であった.

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要旨●食道SM扁平上皮癌において,リンパ節転移予測を含む悪性度の病理組織学的評価は重要である.これまでに病理学的なリンパ節転移予測因子として深達度,脈管侵襲に加え,細胞異型,分化度,微小胞巣形成などが提唱されてきた.中でも微小胞巣形成は“tumor budding”という呼称とともに,その重要性や評価方法についてのコンセンサスが形成されてきた.今回筆者らは,食道表在癌におけるtumor buddingのリンパ節転移予測因子としての有用性とともに,適切なカットオフ値および上皮細胞の免疫染色の有用性について明らかにした.最後に食道扁平上皮癌の治療方針決定のために利用される可能性のある分子病理学的変異について概説する.

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要旨●食道表在癌の治療方針を決定する際に最も問題となるのが,内視鏡的切除を適応すべきSM1以浅癌と,外科的切除や化学放射線療法を適応すべきSM2以深癌の鑑別である.当院における術前診断およびその確信度と病理組織学的結果の関係をみたところ,通常観察によるclinical(c)SM2の正診率は75%であったが,cSM2を高確信度(88%)と低確信度(63%)で診断した場合では正診率が異なっていた(p=0.02).同様にNBI拡大観察によるcSM2の正診率は74%であったが,cSM2を高確信度(88%)と低確信度(61%)で診断した場合では正診率が異なっていた(p=0.03).EUSを追加することで正診率はやや向上したが,有意ではなかった.

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要旨●2000年1月〜2017年4月までに当院でESDを施行した前治療のない食道扁平上皮癌(SCC)T1b-SM2,cN0で,3年以上予後を追跡し得た47例47病変を対象とし,T1b-SM2に対するESDの妥当性を検証した.全体では,再発率2.1%(1/47),原病死率2.1%(1/47),疾患特異的3年生存率で98%,5年で98%,全生存率は3年で89%,5年で75%であった.また,深部断端陽性例,局所再発例はなく,局所コントロール率は100%であった.対象を脈管侵襲陽性(ly陽性and/or v陽性):high risk group,脈管侵襲陰性(ly陰性v陰性):low risk groupに分けて検討すると,high risk group(15例)では,追加治療あり11例,なし4例で,平均年齢は79歳,69歳と有意差を認めた(p=0.0182).再発と原病死は1例のみ(同一症例)で,追加治療の有無による再発率,原病死率に差はなかった.追加治療あり,なし群の5年全生存率は72%,25%であった.他病死率は36.4%(4/11),75.0%(3/4)であった.追加治療なし群は高齢者が多く,他病死が多いため,5年生存率が低下したと考えられた.low risk group(32例)には原病死はなく,追加治療あり19例,なし13例で年齢,再発率,原病死率,他病死率に差はなかった.ESDのT1b-SM2癌に対する局所コントロール率は高く,特に他病死の多い高齢者においては,ESD単独治療も選択肢に挙がると考えられた.

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要旨●食道SM癌は20〜40%でリンパ節転移があり,外科的切除および化学放射線療法(CRT)が推奨される.しかし,腫瘍が比較的浅い場合の深達度診断や,脈管侵襲の有無などを臨床的に正確に診断することは困難である.術前にSM癌と診断されて食道切除やCRTを受けることは,結果的に粘膜内癌症例である場合は過大な治療となる可能性もあることから,内視鏡治療を先行させ,深達度や脈管侵襲を評価し,リンパ節転移リスクが高い対象に対してのみ追加治療を行うストラテジーが考えられた.JCOG0508試験では,診断的内視鏡的切除と追加CRTの有効性が示された.今後は,追加CRTを行った症例における再発のリスク評価や,画像強調内視鏡を併用した術前診断の精度向上に基づく治療の振り分けが進められるべきである.

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要旨●3領域リンパ節郭清を伴う食道癌手術は,内視鏡手術が広く取り入れられ,低侵襲な治療として確立している.癌腫を身体から取り除くことの確実性の他,詳細な病理診断が可能であるなどのメリットは大きい.食道SM癌においては,手術,dCRTとも治療選択となるが,リンパ節転移を認めるcStage IIは術前化学療法後の手術が推奨される.一方,cStage Iは食道温存の観点から,サルベージ治療をセカンドラインとしてdCRTを選択することを考慮する.治療成績の差があり,経験の多い専門施設での手術が勧められる.

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要旨●cStage I(cT1b)食道癌に対する根治的化学放射線療法(CRT)は,標準治療である外科的切除術を行わない場合に食道温存を図ることができる治療選択肢として食道癌診療ガイドラインで推奨されている.近年報告されたJCOG0502の結果,5年生存割合は食道切除術と差はなく,根治的CRTの大きな利点である5年食道温存生存割合が80.4%であることがわかった.課題として遅発性有害事象を増加させることなく,所属リンパ節領域の再発抑制が挙げられる.現在,予防的リンパ節領域照射(JCOG1904),強度変調放射線治療,陽子線治療や重粒子線治療などの粒子線治療,新規抗癌薬併用の治療開発が行われている.

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要旨●光線力学療法(PDT)は,食道癌化学放射線療法(CRT)後の局所遺残再発病変に対するサルベージ内視鏡治療である.局所遺残再発症例に対する一般的な治療は外科手術であるが,侵襲が大きい点が課題である.一方,PDTは低侵襲であり,手術不耐,拒否症例でも根治を目指せる治療である.従来のフォトフリン®PDTと比べ,レザフィリン®PDTは利便性が向上し,より安全で有効な治療となった.CRT後には適切に定期的な内視鏡を行い,早期に局所遺残再発病変を診断することで,サルベージ内視鏡治療の機会を逸しないことが重要である.サルベージ内視鏡治療後の効果予測因子についても知見が得られつつあり,治療の選択基準確立の一助となることが望まれる.

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要旨●患者は60歳代,男性.通常観察で胸部下部食道に径7mm大の辺縁隆起を伴うやや深い陥凹性病変を認め,脱気にて縦皺は病変内に入らず,陥凹の形態変化は乏しく硬さを有していた.NBI拡大観察では陥凹内全体がB2血管で占められており,EUSでは辺縁隆起部まで含め均一な低エコー腫瘤として描出され,SM層は圧排・菲薄化していた.以上より深達度T1b-SM2と判断したが,臨床的にリンパ節転移を認めず,患者・家族と相談のうえESD+CRTの方針とした.病理診断ではINFc浸潤を呈する低分化型扁平上皮癌が粘膜下層に深部浸潤しており,脈管侵襲陽性でびまん性にCK7陽性であった.追加治療としてCRT(RT 40Gy,LongT+FP2コース)を施行したが,CRT終了8か月後のCTで照射野内の下行大動脈周囲縦隔ならびに#1および#2のリンパ節転移再発を認めた.その後,追加化学療法を行うも,ESD施行から約1年10か月後に原病死した.

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要旨●患者は40歳代,男性.症状なく,検診異常を契機に当院を紹介され受診した.胃X線造影検査では粘膜は全体に粗糙で,胃体部ではひだが消失し大小の類円形で丈の低い透亮像が多発していた.さらに,胃体部大彎には小さなカフスボタン状のニッシェが多発していた.EGDでは胃体部優位に高度の粘膜萎縮を認め,前後壁を中心に大小類円形で丈の低い粘膜が島状に多数存在し,その一部では内部に浅く緩やかな陥凹を伴っていた.胃体部大彎では,粗糙な顆粒状粘膜を背景に楔状〜小孔状の開口部を呈する深い陥凹が多発していた.胃体部前壁の類円形島状粘膜辺縁の狙撃生検では,島状粘膜部で萎縮に乏しい胃底腺粘膜の所見が,その周囲部では高度の萎縮と偽幽門腺化生に加え,上皮下を中心に粘膜固有層にcollagen bandの沈着と慢性炎症細胞浸潤が認められcollagenous gastritisと診断した.胃体部大彎の多発陥凹は,collagenous gastritisで知られる萎縮から取り残された粘膜島の中央が緩やかに陥凹する現象に引き続き,慢性の炎症機転が進行することにより生じた壁内憩室症と考えられた.

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要旨●患者は70歳代,男性.胃体上部前壁に30mm大で,軟らかくSMT様を示す扁平隆起性病変(0-IIa型)を認めた.内視鏡所見と生検病理診断の結果から胃底腺型腺癌cT1bN0M0 Stage IAと診断し,腹腔鏡下噴門側胃切除,D1+郭清術を施行した.病理組織学的には主細胞分化や副細胞分化を示す腫瘍細胞から成る胃底腺型腺癌で,粘膜深層から粘膜下層浅層に主座を置いていたが,粘膜下層深層では腫瘍腺管の囊胞状拡張が目立ち,腫瘍の厚みを形成する要素の一つと考えられた.また,腫瘍近傍の粘膜下層間質にはやや浮腫状の変化を認め,結果として軟らかく丈の高い隆起が形成されたと考えられた.以上,丈の高い扁平隆起を呈した胃底腺型胃癌の1例を経験したので報告した.

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患者

 70歳代,男性.

既往歴

 特記事項なし.

現病歴

 他院で施行した胸部CTで肺癌が疑われたため,当院に紹介され受診となった.PET(positron emission tomography)では肺に集積を認めなかったが,S状結腸にSUVmax 10.5の集積を認めた.大腸内視鏡検査でS状結腸に病変を認めた.

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目次

欧文目次

早期胃癌研究会 症例募集

「今月の症例」症例募集

次号予告

編集後記 竹内 学
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 “食道SM扁平上皮癌に対する治療”は本誌において2013年に取り上げられ,病理学的悪性度評価,内視鏡的切除・外科的切除,さらに化学放射線治療(chemoradiotherapy ; CRT)による治療成績が検討された.病理学的所見によるリスク因子の的確な抽出,より低侵襲かつ根治性の高い治療法の確立が検討されたが,現在の食道癌診療ガイドラインでは食道SM癌に対する標準的治療は,外科手術やCRTが強く推奨されているのが現状である.しかし,この7年間に外科手術では鏡視下手術が進歩し,CRTでは放射線機器や照射法が改良され,さらにJCOG0508試験によるEMR/ESD+CRTの結果も報告され,食道SM癌治療の新たな展開への幕開けの可能性が感じられる.そこで,本号ではこれらの変遷を踏まえ,各見地から食道SM癌に対する最前線治療を中心に構成した.

 まずは,食道SM癌の術前診断について松浦らは,内視鏡的切除を適応すべきSM1以浅と外科手術やCRTを適応すべきSM2以深の鑑別が重要であり,cSM2の通常観察およびNBI拡大観察による高確信度群では非常に高い正診率であるが,低確信度群ではEUSも含め他のmodalityを用い総合的に判断することが重要であると述べている.また,B3血管においては病変中心部に存在する場合はSM2と診断してよいが,病変周囲に存在する場合はSM1以浅の可能性を考慮するとし,今後は現在の日本食道学会拡大内視鏡分類の再考や各modality併用による深達度診断への相加・相乗効果を前向きに検討する必要があると思われる.

基本情報

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胃と腸
55巻10号 (2020年9月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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