胃と腸 50巻7号 (2015年6月)

今月の主題 診断困難な炎症性腸疾患

序説

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はじめに

 慢性炎症性腸病変の臨床像は多彩である.病変は腸管に広く分布し,自然経過,あるいは治療修飾により短期間に肉眼所見や病理組織学的所見が変化する.また,病態として(1)狭義の炎症性腸疾患,(2)感染性疾患,(3)薬剤関連腸病変,(4)膠原病,アレルギー性疾患,血管炎症候群,免疫異常,代謝性疾患などを背景とした病変などが含まれている.従って,これらを鑑別するためには,腸病変の特徴のみならず臨床経過,種々の臨床検査成績などを総合的に判断する必要がある.一方,近年では小腸内視鏡検査により,小腸炎症性疾患の内視鏡観察や病理組織学的検討が容易となり,小腸病変が臨床診断に大きく寄与しているのも事実である.

 “診断困難な炎症性腸疾患”は2種類に大別できる.ひとつは,狭義の炎症性腸疾患であるCrohn病(Crohn's disease;CD),潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;UC)および腸管Behçet病(intestinal Behçet's disease;IBD)の鑑別に難渋する場合(indeterminate colitis:IC)であり,もう一方は診断名を想起しなければ診断できないような希少な炎症性腸病変である.

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要旨●炎症性腸疾患の診断は診断者の力量に大きく依存するが,診断困難な原因が病変自体にあることも多い.診断困難な病変としては疾患概念が未確立の疾患,既知の疾患の初期病変や非典型病変,病原体の証明が困難な感染症,複数の疾患の合併病変,想起することが困難な希少疾患が挙げられる.また途中で当初の診断が変更されたものや,ある疾患の疑診にとどまっている場合も診断困難例に含まれる.診断困難例は経過観察で解決する場合もあるが,さまざまな診断困難例のパターンを認識し,病変の分布や形態から可能な限り既知の疾患に当てはめていくことが重要である.既知の疾患概念から外れるものは特徴的な病像を抽出し,新たな疾患として類型を構築する必要がある.

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要旨●炎症性腸疾患の生検診断では,特異的あるいは特徴的所見を示すものについては診断可能な場合もあるが,診断困難なことも多い.その原因として,生検組織は病変のごく一部であり,粘膜と粘膜下層表層部しか観察できないという物理的な理由がまず挙げられる.さらに,(1)それぞれの疾患に特異的または特徴的所見を認識していないか見逃した場合,(2)異なる疾患で類似した像を示す場合,(3)変化が軽度あるいは病勢が衰えたため特徴的所見を示さない場合などが診断困難例として想定される.生検診断の有効活用には,病理医のみならず臨床医もその有用性と限界を理解しておくことが重要である.そして,臨床医は想定される疾患を念頭に置き,その診断に有用な組織像を得ることが期待できるような適切な部位から生検組織を採取する必要がある.炎症性腸疾患は,肉眼像あるいはX線造影像,内視鏡像により全体像を把握し,さらには患者の全身状態や治療歴を加味したうえで,病理組織学的所見も加えて鑑別診断を行うことが基本であるが,種々の理由で分類困難な場合は時相の違いによる病勢の変化をみるため,経過観察にならざるをえない場合も存在する.

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要旨●indeterminate colitis(以下,IC)は,Crohn病と潰瘍性大腸炎の鑑別診断困難例とされてきたが,その概念や定義は時代とともに変遷しつつある.本稿では,まず欧米におけるICの文献的レビューから,ICとinflammatory bowel disease unclassifiedを区別して用いる現状について解説した.さらにICの頻度,経過中の診断確定率,臨床的パターンについて述べ,自施設での経験例を提示した.

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要旨●エルシニア腸炎,腸結核,アメーバ性大腸炎,サイトメガロウイルス(CMV)腸炎の診断のポイントと内視鏡的特徴像について述べ,非典型的内視鏡像を示す診断困難例について述べた.エルシニア腸炎,腸結核,アメーバ性大腸炎の内視鏡的特徴像はほぼ明らかとなっているが,それでも診断困難例は存在する.CMV腸炎の内視鏡像は多彩であり,内視鏡像のみでなく患者背景から疑う必要がある.それぞれの疾患について診断困難例を提示した.感染性腸炎は実際に病原体が検出されなければ診断できないため,疑わしいが確定診断できない症例が一定数存在する.便培養,生検培養,生検検査,抗体検査,抗原検査などを組み合わせて診断することが重要である.確定診断がつかなくても,内視鏡所見や他の検査所見で確実と思われる場合や重症で生命が危険と思われる場合は治療的診断の適応がある.

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要旨●バルーン内視鏡や拡大観察,NBI(narrow band imaging)などの画像強調観察の普及により,新しい所見が観察されるようになってきた.潰瘍性大腸炎では,粘膜評価に超拡大内視鏡の意義が報告され,さらにNBIを用いた超拡大観察所見も組織所見とよく相関している.また,全大腸炎型において回盲弁から連続的に回腸に炎症が及ぶbackwash ileitisを提示した.Crohn病では,広範囲に認める不整形─類円形潰瘍またはアフタなどの副所見があり,軽微なものもNBIにより容易に視認される.その他,縦列傾向のあるびらんや潰瘍,竹の節状外観,縦走潰瘍瘢痕化に伴う偽憩室,バルーン内視鏡下バルーン拡張術が可能な膜様狭窄,潰瘍出血,狭窄に伴う真性腸石,瘻孔等の副病変を提示する.

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要旨●2004年までに切除され九州大学形態機能病理,福岡大学筑紫病院病理部,福岡大学病理学教室に保存されていた非特異性多発性小腸潰瘍症(CNSU)8症例,11切除標本とその臨床情報を検討し考察を加えた.1.標本;(1)小腸病変範囲:Bauhin弁の口側40〜165cm,(2)病変間距離:5cm以下,(3)敷石像,炎症性ポリープ:なし,2.潰瘍の肉眼型:CU(curved ulcer),IU(irregular ulcer)に大別され,前者が全体の64.6%を占めた.CUは本症に特異的であった.3.顕微鏡所見:病変の97.5%は粘膜下層に留まる炎症であった.デスミン染色標本上,粘膜下層に粘膜筋板と並行または集中様に走行する複層化した筋線維を認める症例があった.4.TPN繰り返し施行群(C群)では,術前1回のみ施行群(B群)に比べ,切除標本上有意に潰瘍の治癒率が低く,未施行群(A群)とB群に比べ有意に腸壁が厚かった.本症のイレウスはCMUSEと異なり,C群の長い経過中の再発再燃,腸壁の肥厚が原因と推測され,基本的な病像ではない.結論1.CNSUの小腸標本の肉眼所見は特異的である.2.本邦や欧米の非特異性多発性小腸潰瘍(症)およびCMUSEは種々雑多で,疾患単位としての概念ではない.CNSUは原因遺伝子解析の結果をまって適切な名称をつけ,1疾患単位として独立する必要がある.肉眼所見が適切に表現されたCNSU症例の蓄積が必要である.

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要旨●炎症性腸疾患の診断は,内視鏡所見を中心に各種の臨床所見に基づいて行われる.しかし,大腸に病変を有する患者の10〜15%で診断困難例が存在する.炎症性腸疾患のバイオマーカーとしてCrohn病ではASCA,潰瘍性大腸炎ではpANCAが最も検討されている.診断困難な炎症性腸疾患症例において,これらの抗体を用いた正診率は70%前後と比較的良好である.しかし,いずれの抗体も陰性である症例が半数近くあるため,これらのバイオマーカーの臨床的有用性は限定的である.今後,遺伝子多型や腸内細菌叢の解析が進めば,より正確なバイオマーカーが登場してくる可能性があると考えられる.

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要旨●初診時より5年以上にわたり経過観察している直腸リンパ濾胞増殖性病変を認める症例を経験した.患者は20歳代,女性.主訴は粘血便.頂部にびらんを伴う3〜5mm大の多発する半隆起性病変を直腸に限局して認めた.クラミジア直腸炎を疑い加療するも改善は認めなかった.病理結果からは悪性リンパ腫も否定的であった.5-ASA,ステロイド坐薬投与でも症状の改善はみられなかった.定期的に経過観察しているが,現時点でも内視鏡的・病理学的に潰瘍性大腸炎の診断には至らず,lymphoid follicular proctitis(LFP)と診断し経過観察中である.

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要旨●患者は20歳代,男性.3年前より4〜5行/dayの水様下痢が出現した.翌年,血便を伴い,下痢回数が8〜10行/dayとなったため,大腸内視鏡検査を施行した.盲腸からS状結腸中部にかけてびまん性に発赤調で浮腫を伴う顆粒状粘膜を認め,潰瘍性大腸炎に類似した所見であった.メサラジンを投与したが,膵炎発症のため中止した.以後,腸炎に対しては経過観察とした.下痢は遷延し,1年半前より2週間〜3か月に1回の間隔で39℃台の発熱と全身関節の腫脹・疼痛が出現するようになった.発熱や関節痛は1〜3日で自然寛解しており,臨床経過と除外診断により家族性地中海熱と診断し,コルヒチンの投与を行った.治療開始後から発熱は消失し,下痢も改善傾向を示した.腹膜炎ではなく,腸管障害を来す家族性地中海熱はまれであり,報告した.

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要旨●患者は60歳代,男性.2013年9月に下痢,腹痛,嘔吐が出現し,症状の増悪を繰り返すため精査加療目的で紹介となった.上部消化管内視鏡検査で十二指腸に顆粒状粘膜がみられ,拡大観察で絨毛萎縮の所見が認められた.その後の問診でグルテン含有食の過剰摂取が判明し,病理組織像で絨毛萎縮や陰窩過形成,表層上皮内のリンパ球浸潤が認められ,セリアック病と診断した.小腸のX線造影検査,内視鏡検査では広範に絨毛萎縮を示唆する所見がみられた.グルテン制限食で臨床症状は改善し,画像的にも病理組織学的にも小腸の絨毛萎縮は改善していた.セリアック病において,グルテン制限食の開始前後で画像所見を比較した症例は少なく,考察を交えて報告する.

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要旨●小腸悪性黒色腫は術前診断例の報告がほとんどなく手術標本での病変評価が多いが,本症例は内視鏡的に病変を観察できた興味深い症例であるため報告する.患者は70歳代後半,男性.主訴は腹部膨満感.精査の結果,多発する小腸腫瘍とそのひとつが腸重積を起こしていた.保存的加療では軽快しないため手術となったが,その前に行った内視鏡像から悪性黒色腫を強く疑った.病理結果は粘膜下層を主座とする多発性充実性腫瘍で,褐色顆粒を有する豊富な細胞質と目立った核小体を伴う不整形の核を有しており,悪性黒色腫と診断した.本例では悪性黒色腫が組織学的に小腸原発であるとの確定診断は得られなかった.さらに全身検索を行ったが,他部位に原発巣を指摘できなかった.

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はじめに

 直腸肛門管病変,特に肛門部病変の診察は直視下で観察することが基本であり,消化管を専門とする医師であれば,肛門診は必須である.また直腸肛門管領域には外科治療が必要な病変も多く,外科手術に関する知識は消化器内科医にとっても,日常診療で役立つものと考えられる.

 本稿では,肛門の診察法,肛門管疾患の症例提示,直腸肛門管の手術について概説する.

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欧文目次

「今月の症例」症例募集

早期胃癌研究会 症例募集

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 早期胃癌研究会では,毎月原則として5例の症例が提示され,臨床所見,病理所見共に毎回詳細な症例検討が行われている.2003年より,年間に提示された症例の中から最も優れた症例に最優秀症例賞が贈られることになった.

 12回目の表彰となる早期胃癌研究会2014年最優秀症例賞は,南風病院消化器内科・松田彰郎氏の発表した「セリアック病の1例」に贈られた.2015年3月18日(水),笹川記念会館で行われた早期胃癌研究会の席上で,その表彰式が行われた.

学会・研究会ご案内

次号予告

編集後記 松本 主之
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 本号は“診断に難渋する小腸・大腸の炎症性疾患”をテーマに企画された.既存の疾患概念にあてはまらない腸潰瘍性病変の鑑別診断を中心に,Crohn病と潰瘍性大腸炎の区別や鑑別すべき疾患に関して,豊富な症例を有する施設のデータが提示されている.2006年の「胃と腸」誌〔41巻6号(2006年)「非定型的炎症性腸疾患─診断と経過」〕でも同様の企画が組まれているが,本号の内容は前回と大きく異なっている.新たな疾患概念の提唱を含む新知見が盛り込まれた,貴重な特集号といえよう.

 まず,清水論文では診断困難な炎症性腸疾患が「診断困難」となる要因と具体的対策が明快に示されている.臨床医は知識と情報の不足に陥ることなくあらゆる疾患のパターンを頭にたたきこみ,論文中に示された診断困難となる要因と対策を肝に銘じて診断に臨むことが必須と思われる.

基本情報

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胃と腸
50巻7号 (2015年6月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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