胃と腸 40巻9号 (2005年8月)

今月の主題 表在性の中・下咽頭癌

序説

表在性の中・下咽頭癌 吉田 操
  • 文献概要を表示

食道癌と中・下咽頭癌

 食道癌は多発傾向の著しい腫瘍であるだけでなく,食道以外の臓器にも悪性腫瘍の発生することが知られている.このため食道癌患者に対して口腔,咽頭,胃そして大腸のスクリーニング検査を可能な限り行うことが必須とされてきた.早期食道癌(粘膜癌)の診断と食道温存治療が標準となり,大部分の患者さんは長期生存が可能となったことは喜ばしい.治療後の予後を左右する因子としての異時性重複癌が克服すべき課題となったことは容易に理解できる.食道を温存すると,食道の異時性癌だけでも10% 程度発生する.このほかに広範な臓器で異時性悪性腫瘍が発生する.われわれの経験だけでも早期食道癌のEMR後に胃,大腸,口腔・咽頭,喉頭,肺,腎,その他となっている.消化管や肺については早期診断の方法がほぼ確立しているが,中・下咽頭癌は頻度の高いこと,早期診断の難しいこと,治療成績の不良なことが問題となっていた.

  • 文献概要を表示

内視鏡および周辺環境の進歩に伴い,消化管内視鏡医が咽頭部の観察・治療を行う機会が近年増加している.このため消化器内科医にも,中・下咽頭について詳細な解剖学的知識が必要とされてきている.本稿では実際の内視鏡画像を含め中・下咽頭の解剖を概説する.咽頭は,口腔の後側,鼻腔の後下方,脊椎の前面,食道・喉頭の上面に位置する中腔の管腔臓器である.中・下咽頭の構造は,重層扁平上皮より成る粘膜とそれを取り囲む筋層(咽頭収縮筋群,咽頭挙筋群),弾性線維に富む外膜より成る.食道とは異なり中・下咽頭部では粘膜筋板を欠き,その部には弾性線維が層構造を形成している.

  • 文献概要を表示

中・下咽頭における扁平上皮癌はこれまで進行した状態で見つかることが多く,頭頸部癌の中では予後の悪いものの1つであったが,内視鏡的診断技術の進歩により,早期扁平上皮癌が見つけ出されるようになってきた.病理形態学的には食道扁平上皮癌と基本的に同じような診断基準で診断可能と考えられるが,解剖学的に粘膜筋板が存在しないために,早期中・下咽頭癌または表在扁平上皮癌の定義が困難である.したがって,粘膜切除された表在性扁平上皮癌はこれから経過を観察する必要がある.現在,表在性中・下咽頭癌症例の蓄積が急速に進んでおり,癌の深達度や組織形態像とリンパ節転移との臨床病理学的解析を行い,中・下咽頭癌における標準的な内視鏡的治療の臨床病理の確立が必要とされている.

  • 文献概要を表示

中・下咽頭癌は食道癌に比べて頻度は少ないが,最近は徐々に増加しつつある.大阪府がん登録のデータによる最近3年間(1999~2001年)の男性の年齢調整罹患率(人口10万対,1985年日本モデル人口)は,下咽頭癌1.9,中咽頭癌1.1であり,35年前より約6倍増加している.大部分は扁平上皮癌であり,明らかに過度の喫煙,飲酒が発癌危険因子となっている.これらの癌では約25% に多重癌がみられ,その部位は頭頸部,食道,胃,肺の4つで82%を占めており,なかでも食道癌が37%と最も多い.このことは上部気道消化管を重点的に検索する必要性を示唆している.今後,関連診療科の協力の必要性がますます高くなるであろう.

  • 文献概要を表示

内視鏡観察は,硬口蓋から中咽頭,下咽頭へと順に行うが,伸展が十分できない輪状後部(咽頭・食道接合部)は観察困難である.中・下咽頭癌発見のため拾い上げる所見は,正常血管網の消失,粘膜の色調変化,粗そうな粘膜や微細な凹凸,陥凹や隆起などである.通常観察に,narrow band imaging(NBI)や拡大内視鏡を併用すれば,より容易に中・下咽頭癌が発見,診断できる.早期の中・下咽頭癌28例35病変(中咽頭癌5,下咽頭癌30)は,全例男性,96.4%は通常内視鏡検査にて発見された.同時性癌は5例(17.9%),異時性癌は2例(7.1 %)であった.背景因子として,合併した食道癌は多発例が多く,食道内ヨード不染の個数では10個以上が17例(60.7 %)であった.食道癌多発例と食道内ヨード不染多発例は,中・下咽頭癌の高危険群であった.EMR 施行18例22病変の内視鏡所見は,血管網の消失17病変,粘膜の発赤13,微細な凹凸13,上皮内の血管増生12,丈の低い隆起9(赤い隆起5,白い隆起4),浅い陥凹3,丈の高い隆起1であった.内視鏡病型は,0-I 1病変(4.5%),0-IIa1 1(50%),0-IIa+IIc 1(4.5 %),0-IIb 5(22.8 %),0-IIc 3(13.7%),2型類似1(4.5 %)と,隆起性病変が多かった.深達度は,上皮内癌14病変(63.6%),上皮下浸潤癌8(36.4%)であり,上皮下浸潤8病変中2病変(25%)で脈管侵襲陽性であった.

  • 文献概要を表示

これまで中・下咽頭癌の多くは自覚症状を伴って進行癌で発見されることがほとんどであった.また,中・下咽頭癌と食道癌の重複は,半世紀以上もfield cancerization現象なる概念で理解されてきたが,中・下咽頭癌の早期発見につながることはなかった.最近,そのメカニズムの一部が解明され,中・下咽頭癌の高危険群の一部が明らかにされた.さらに新しい内視鏡技術 :narrow band imaging(NBI)の応用によって,これまで困難であった早期発見が容易に可能になった.すなわち,高危険群の絞り込みから,効果的な早期診断を一貫して行うことが実際の臨床の現場でも必要とされつつある.今後,NBI機能を併用した拡大観察が一般化されることによって,中・下咽頭の表在癌が発見されやすくなり,声を失ったり,嚥下障害で苦しむ患者さんが少しでも減少することが望まれる.本稿では,NBI機能を含めた拡大観察で,表在性の中・下咽頭癌がどのように観察されるかを解説し,将来の内視鏡診断の参考になることを期待したい.

  • 文献概要を表示

中・下咽頭における扁平上皮癌の拡大内視鏡観察所見が解明されるにつれて,多数の表在性の中・下咽頭癌が発見されるようになってきた.通常内視鏡で発赤部を見い出し(NBIでは,発赤調の病変部はbrown spotとして認識される),拡大内視鏡所見IPCLパターン分類でtype IVやV-1を認めれば,上皮内癌を含めた腫瘍性病変の可能性が高まる.「頭頸部癌取扱い規約」の0期(TisN0M0)の病変を認めれば,完全生検の意味でもEMRを施行している.広範囲のEMRも技術的に可能であるが,EMRの影響が喉頭に及ぶと考えた場合には,気道の予防的確保の意味でも,一時的な気管内挿管や気管切開術が必要である.これまでに30例に中・下咽頭腫瘍性病変の内視鏡的切除術を行っているが,特記すべき合併症を認めていない.スクリーニング内視鏡において,より早期の癌,さらには微小癌を見つけ出すことは,治療侵襲の軽減,ひいては患者利益に直結するものと考えられる.

  • 文献概要を表示

咽頭領域における2mm 以下の扁平上皮癌の2症例を提示する.〔症例 1〕69歳男性,早期食道癌に対するEMR後のfollow up症例.中咽頭後壁に径1.8 mmの発赤面を認めた.拡大内視鏡観察にてIPCL(intra-epithelial papillary capillary loop)パターン分類IPCL type V-1の所見を認め,内視鏡的に上皮内癌を強く疑った.透明キャップ法(EMR-C)によるEMRを行った.病理学的に扁平上皮癌(CIS)と診断された.〔症例2〕56歳男性,早期胃癌の症例.中咽頭後壁に径1mm の微小発赤面を認めた.拡大内視鏡観察でIPCLパターン分類IPCL type V-1の所見を認め,内視鏡的に上皮内癌を強く疑った.生検鉗子を用いて完全生検を行った.生検材料は病理学的に扁平上皮癌と診断された.いずれの症例でも,NBI(narrow band imaging system,プロトタイプ,オリンパス)を併用した拡大内視鏡は,IPCLの観察に有用であった.このような超・微小癌での病変の同定は,治療を著しく低侵襲化することができ,患者利益に直結すると考えている.

  • 文献概要を表示

症例は70歳代,男性.食道表在癌内視鏡治療の既往があり,食道にまだら状不染帯を認めた.食道癌・咽喉頭癌の高リスク症例と考えられたため,半年ごとのサーベイランス内視鏡検査を行っていた.同検査にて,右梨状陥凹に隆起性病変を認め,表面は周囲と同様の粘膜で覆われていることから,SMTと診断した.6か月後の内視鏡にて右披裂喉頭蓋ひだから梨状陥凹にかけて,白苔を伴う不整な隆起性の下咽頭扁平上皮癌が出現した.本人の希望により放射線治療を行いCRを得た.本症例は6か月間で急速に発育したが,根治可能であった.したがって高リスク症例では少なくとも半年ごとに咽喉頭部の詳細な内視鏡検査を要すと思われた.

  • 文献概要を表示

症例は73歳,男性.C型肝炎,肝硬変,肝細胞癌,食道癌にて2000年より経過観察中,2002年7月上部消化管内視鏡検査にて右下咽頭に病変を指摘.右梨状陥凹に表面比較的平滑,丈の高い丘状型の隆起性病変とその基部に正常血管網が透見できない,丈の低い隆起性病変を認めた.上皮下浸潤が疑われる病変であったが,進行性の他臓器癌を合併,全身状態不良のため,内視鏡治療を行った.病理では上皮下にmassiveに浸潤したbasaloid squamous cell carcinoma,10×9mm,ly1,v2 であった.1年後リンパ節再発を認め,放射線治療を行ったが,肝細胞癌が増大し,内視鏡治療から22か月後死亡した.

  • 文献概要を表示

門馬(司会) お忙しい中お集まりいただきありがとうございます.「胃と腸」で初めて取り上げる表在性の中・下咽頭癌をテーマに,今回座談会を組みました.中・下咽頭癌を見慣れている先生もいらっしゃいますが,一般的にはまだなかなか発見が難しい病気ですので,最初に耳鼻科の渡邉先生のほうから,現時点で耳鼻科を受診される患者さんの病気の程度と治療の現況についてお話しいただきたいと思います.患者さんが自覚症状を認めて受診されるまでにかなりの時間がかかっているので,発見が遅いという意味で,中・下咽頭癌は予後が悪いと一般の内視鏡医は感じていると思います.最初に先生に現況をお話しいただいてから,私たちがこれから見つけようとしている中・下咽頭癌の早い時期の癌というものはどういうものだろうかというところへ話を進めていきたいと思います.よろしくお願いします.

学会印象記

  • 文献概要を表示

第69回日本消化器内視鏡学会総会は 2005年5月26日から28日まで順天堂大学消化器内科教授佐藤信紘会長のもと開催された.筆者は前日にサテライトシンポジウムとして行われた第44回「胃と腸」大会から27日まで出席した(28日は外来診察のため帰院せざるを得なかった).「胃と腸」大会の詳細は本誌に掲載されるので割愛するが,筆者としては久しぶりに読影を当てられ心地よい緊張感を味わった.

  • 文献概要を表示

びまん性病変の基本的な捉え方と考え方1)

 1. 病変の範囲

 胃のびまん性疾患のX線検査ではその病変の局所における変化(腫瘍性変化や潰瘍性変化)だけではなく,その範囲が胃の1/3以上(U,M,L 領域区分に準じ,3つの領域全体かあるいは2つの領域以上)に拡がっているか,また半周以上に拡がっているかどうかを判断して,病変の全体像を描出する.

早期胃癌研究会

  • 文献概要を表示

2005年3月の早期胃癌研究会は,3月16日(水)に東商ホールで開催された.司会は杉野吉則(慶應大学放射線診断科)と幕内博康(東海大学消化器外科)が担当した.また,「早期胃癌研究会2004年最優秀症例賞」の表彰式が行われ,受賞した新潟大学医歯学総合病院第3内科(2004年6月度症例)より症例が解説された.

  • 文献概要を表示

2005年4月の早期胃癌研究会は,4月20日(水)に東商ホールで開催された.司会は馬場保昌(早期胃癌検診協会中央診療所)と田村智(高知大学医学部附属病院光学医療診療部)が担当した.mini lectureでは,「発育の早い大腸癌は在るのか?」と題して松井敏幸(福岡大学筑紫病院消化器科)が行った.

  • 文献概要を表示

患者は58歳,女性.検診の胃X線検査,近医の上部消化管内視鏡検査で胃体部小彎に異常を指摘され当センターを紹介受診.上部消化管内視鏡検査にて,胃体中部から下部小彎後壁寄りに限局する表面構造が顆粒状の4cm大の境界明瞭で,平坦な隆起性病変を認めた.生検および全身検索の結果,胃に限局したAL型アミロイドーシスと診断した.診断後6年経過した現在も生存中である.

  • 文献概要を表示

患者は66歳,女性.2002年12月4日より下血・下腹部膨満感を主訴に来院.大腸内視鏡検査で近位側S状結腸は血腫形成を伴って閉塞し,同部に連続する乳白色索状物を認めた.注腸X線検査では,高度の求心性狭窄部に一致して翻転した約7 cmの索状透亮像を認めた.より口側への造影剤流入不能で,原因疾患不明ながら腸閉塞の診断で開腹手術を施行した.手術所見では病変部の著明な壁肥厚と基部に血腫形成を伴う長軸方向に約7cm の粘膜剥離を認め,病理学的には粘膜下層の著しい浮腫とbowel cast形成初期像と考えられる壊死性腸粘膜の剥離・出血を認め,虚血性腸炎と診断した.bowel castの報告例は12例のみで,本例はcast形成の初期像として興味深く,腸管狭窄・閉塞の一因として本疾患を念頭に置く必要がある.

--------------------

欧文目次

編集後記 小山 恒男
  • 文献概要を表示

 かつて上部消化管内視鏡のターゲットは早期胃癌であり,食道は通過臓器であった.直視鏡の時代になり,食道癌も発見されるようになった.しかし,表在癌の発見は難しかった.ヨード染色を行えば扁平上皮癌の発見は容易である.スクリーニング目的のヨード撒布が推奨された.しかし,ヨード染色は患者様に苦痛を強いる.ヨードに頼ると通常観察能が落ちる.通常観察のみでの診断は不可能か? プロナーゼで粘液を落とした.食道粘膜を水洗した.注意深く観察した.食道表在癌は通常観察でも診断できるようになった.しかし,咽頭癌は相変わらず進行癌ばかりであった.

 咽頭にも早期癌があるはずだ.幻の咽頭早期癌発見へ向け,内視鏡医の挑戦が始まった.本号は早期咽頭癌発見へ挑戦した先達の智恵の結集である.解剖から病理,疫学,内視鏡診断,拡大内視鏡診断,NBI,そして内視鏡治療まで.今や早期咽頭癌は通常内視鏡で発見できる時代である.本号を明日からの診療に役立てていただきたい.

基本情報

05362180.40.9.jpg
胃と腸
40巻9号 (2005年8月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

文献閲覧数ランキング(
3月18日~3月24日
)