胃と腸 38巻1号 (2003年1月)

今月の主題 胃癌―診断と治療の最先端

序説

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 筆者が胃癌に携わるようになって30年余の年月が過ぎたが,この間の診断,治療の進歩は目覚ましいものがある.その実態を最も雄弁に語っているのは癌死亡統計に見える数字であろう.周知のようにわが国は世界屈指の胃癌の多発国であり,長らく癌死亡の第1位を占めてきた.1990年代に入り,男性の訂正死亡率が肺癌に第1位を譲ったことから(女性は依然として第1位であるが),一般に胃癌は減少しているかのように思われているが,地域癌登録の成績をみると罹患率では依然として圧倒的な第一位を占めている.つまり,“胃癌は減少した”というよりも,むしろ“胃癌になっても死ななくなった”時代が来たと言うべきなのである.

 死ななくなった最大の要因は検診の普及による早期診断の全国的な展開と治療技術の進歩によるであろうことは疑いないと思われる.胃癌の早期診断は 1960 年代に胃潰瘍(III 型)や胃ポリープ(I 型)といった,形態の明瞭な良性疾患との鑑別によって端緒が開かれ,その後,1970年代には胃潰瘍瘢痕(IIc)や扁平隆起(IIa)との鑑別診断,更に 1980 年代には慢性胃炎(IIb)との鑑別診断へと展開したが,この間,発見された早期癌の肉眼形態をみると,より不明瞭なもの,平坦なものが増加し,最近では60%以上が粘膜面の微細な色調変化や凹凸によって発見されている1)

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消化管X線における最近の進歩を見てみると,X線装置についてはフィルム―増感紙による直接 X 線撮影装置に代わって,デジタル化が急速に進んだことである.IIを用いたDRについては,当初,100万画素のシステムが開発されたが,その後400万画素の装置になって,それまでDRの弱点であった空間分解能についてもCFSSに匹敵するようになってきた.DR は被曝線量低減,画像処理,リアルタイム画像表示,連続撮影などの機能が消化管検査に有用である.さらに,ごく最近になって,新たな撮影装置として FPD が開発された.FPDはDRの利点はすべて具備し,DRの欠点もほとんどが解決されており,今後の進歩が期待される.バリウム造影剤についてはコントラストをよくするために高濃度化が図られると同時に,検査が円滑に行えるように低粘性にしたものが現在の主流となってきた.投与量も100~150mlと従来よりも少なくする傾向にある.それに伴って,検査法も充盈像や圧迫像を撮影しないで二重造影法を主体とするものに変わってきた.

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 適応型構造強調および適応型 IHb 色彩強調併用処理は,早期胃癌の浸潤範囲診断に有用であった.特に胃体部を観察する際に,ある一定の褪色域を指標に未分化型癌の存在診断や浸潤範囲の正確な診断に有用になることが期待される.狭帯域フィルター内視鏡(narrow band imaging ; NBI)システムとは,面順次式電子内視鏡のRGBそれぞれに従来と異なる狭帯域フィルターを用いた光源装置である.NBI 併用による拡大電子内視鏡観察により早期胃癌の各組織型における粘膜内癌の特異的な毛細血管パターンが認識できる可能性が高いと考えられた.また粘膜微細構造と毛細血管模様を把握することにより,微小癌とびらんの鑑別,癌浸潤範囲の同定困難例の診断に応用可能である.

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 胃癌の超音波内視鏡による深達度診断について述べた.早期胃癌のうち UL(-)病巣では,第3層の画然とした破壊を認めるものはSM 癌と診断する.UL(+)病巣では,UL-II,III,IV の潰瘍・潰瘍瘢痕と同様のEUS像を示すものをM癌と診断する.一方,先細り状に収束するSM層先端が画然と断裂,あるいは胃壁が肥厚するものはSM癌と診断されている.UL(+)病変では,M 癌の診断基準はかなりコンセンサスが得られているが,SM癌の診断解釈が多少各者で異なる.進行胃癌は境界明瞭な腫瘤を形成する腫瘤型と,腫瘍境界が不明瞭で,第3,4層の肥厚が主体をなす壁肥厚型に大別される.進行胃癌では胃壁の基本層構造のうち,第4~5層の破壊の程度により深達度を診断する.さらにEUSは内視鏡で SM2~MPと診断された病巣において,① 陥凹型早期胃癌で内視鏡による深読みを補正する,② IIc 様進行胃癌で内視鏡による浅読みを補正するのに有用である.

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 1990年代になり日欧米間における消化管腫瘍の組織診断名のすりあわせが行われ,high grade adenoma/dysplasia と non invasive intramucosal cancer は同じであると合意がなされた.その結果今後は,早期胃癌の国際比較が統一された分類で行われることが可能となった.また胃癌は形質発現の違いから,胃型形質癌,腸型形質癌,混合型形質癌に分類され,それらと胃癌発生,発育進展との関係,さらには臨床的な接点について述べた.

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 胃型と腸型の分化型癌は,臨床病理学的にも分子生物学的にも,大きく異なる特性を有する腫瘍であることが判明しつつある.胃型分化型癌は低分化癌化傾向が高く,これには E-cadherinの異常の関与が大きい.また hMLH1遺伝子のメチル化と microsatellite instability が高頻度に生じており,組織発生への関与が示唆されている.生物学的悪性度も通常型の分化型癌に比べて高い.一方,腸型分化型癌には,完全型腸上皮化生形質を強く有し,細胞異型は目立たず構造異型が病理組織診断の決め手となる一群があり,しばしば臨床病理学的に見逃され問題となる.この種の腸型分化型癌もやはり特徴的な臨床病理像を示す.これら胃型および腸型分化型癌の特性について,これまでの報告を踏まえ考察した.

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 早期胃癌に対するEMRの一般的適応としては,“胃癌治療における施設間差をなくすこと”“治療の安全性と治療成績の向上を図ること”を考慮すると,胃癌学会が提唱するガイドラインの適応基準が妥当であると考えられた.一方,EMRの利点を鑑みると,必然的にその適応は拡大していくと思われる.そのための一括切除を目指した手技の開発・改良も進みつつある.今後,根治を念頭に置いた上で,根拠に基づいた適応の拡大を進めるため,臨床研究として行っていくべきであると思われる.

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 近年,早期胃癌症例の全胃癌手術に占める割合が増加し,同時に胃癌術後長期生存例も増加したことから,術後の生活の質を考慮した治療法が選択される機会が多い.胃切除後障害への対応としてリンパ節郭清範囲の縮小,幽門保存胃切除術,迷走神経温存手術などが多くの施設で行われている.1990年代初頭に導入された腹腔鏡下手術は,今日では胃部分切除のみならず,リンパ節郭清を伴う胃切除術も可能となった.今後 sentinel node navigation surgery による理論的なリンパ節転移診断の確立が,QOL を重視した縮小手術,殊にSM癌への縮小手術の応用に大きな役割を持つと思われる.「胃癌治療ガイドライン 2001年3月版」を念頭に置いて早期胃癌手術の現状と将来展望を概説した.

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 「胃癌治療ガイドライン」

初版では,早期胃癌に対する治療として,EMR,縮小治療 A,B,が定型手術以外に標準とされた.また,従来行われることが多かった大網切除,網囊切除も早期胃癌では省略可能とされた.T2/3の進行胃癌の標準手術は胃の2/3以上の切除とD2郭清と明確化されている.T4に関する浸潤臓器の合併切除は標準とされるが,郭清のための臓器の合併切除やD3郭清は標準から外れた.脾摘については標準との明記がない.一方欧米のガイドラインでは治癒切除可能症例に対する術式は一律であり,早期胃癌に対する option の記載はない.手術に関しては RCT の結果にかかわらずD2を望ましい手術としているところが興味深い.

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 日本においては,切除不能進行胃癌に対する化学療法は,従来は palliative care として認識されており,治療法についても,“医者のさじ加減”が優先され,EBM とはほど遠いものであった.近年,切除不能進行胃癌例に対する化学療法は,best supportive care と比べて生存期間の延長が証明され,化学療法の考え方の変化をもたらしてはいるが,効果は不十分であり,5-FU 単剤を越える標準的治療法は確立していない.new agent としてのCPT-11は,CDDPやMMC との併用により60% 前後,経口剤 S-1 も単剤で45%,CDDPとの併用で76% と従来の併用治療法に比べても非常に高い奏効率を認めている.最終的には,5FU 単剤と比較した第 III 相比較試験(JCOG で進行中)での生存期間での評価が必要である.さらに,胃癌に対しても生物学的・薬物動態的特性に基づいた治療戦略が可能となり始めていると同時に分子生物学的マーカーや分子標的の見地に立った治療法の確立に期待が持たれている.

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 分子生物学的研究の進歩や解析法の開発により遺伝子病としての胃癌の姿がはっきりしてきた.臨床と直結した視点から生物学的悪性度に関して現在までの研究成果をみると,今日までに多くの興味深い遺伝子が報告されている.例えば,癌抑制遺伝子や癌遺伝子はもとより,細胞周期関連遺伝子p27や Skp2,プロテアーゼの MMPs やその阻害剤 TIMPs,接着因子 E-cadherin,βcatenin,血管新生因子の VEGF,dThdPase や angiopoietin-2,ケモカインである CCR7,など多くの遺伝子の変異が胃癌の悪性度と相関することがわかってきた.本稿では,新しい知見を基に特に胃癌の悪性度に関する報告をまとめた.個々の分子を検討して,臨床的に胃癌の悪性度を規定することは困難である.そこで,われわれは cDNA マイクロアレイを用いた解析で個々の症例の予後を判定する方法を開発したので紹介する.本法は今後ますます進む癌の個別診断,個別治療の先駆けとして期待されている.

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ガイドライン作成の目的

 八尾(司会) 「胃癌治療ガイドラインをめぐって」の座談会を始めたいと思います.胃癌治療ガイドラインが出て1年半ぐらいですが,よく知らない人もいるかもしれない.しかし,現実には一般用も含めて出版されて世の中に出まわっていますから,胃癌の診断・治療にかかわる医師がガイドラインを読んでいない,知らないでは済まされない.まずガイドライン作成の目的と原点を愛甲先生,笹子先生にお話しいただいて,それから実際の臨床に対する影響,問題点,将来の話を網羅できればと思います.気楽な座談会にしたいと思いますので,よろしくお願いします.

 愛甲(司会) このガイドラインが作成された背景について,口火を切らせていただきたいと思います.それについては,既にガイドラインの前書に書いてございます.ご承知のように近年早期胃癌が急増し,一方では,晩期の胃癌症例や再発症例が少なくないのも現状です.すなわち治療対象となる患者さんが,最近,大変多様化したことが大きな特徴かと思われます.そういう中で,従来の治療法,あるいは標準的治療と言われたものでは対応しきれない症例が増加してきました.すなわち内視鏡的粘膜切除,腹腔鏡下手術,機能温存の縮小手術,あるいは進行癌に対しては,超拡大手術等が行われてまいりました.化学療法にしても,混沌とした状況でして,こうした治療法の多様化により,選択肢が増えてきたわけです.その選択肢は,現場の医師によって選択されますが,これではあまりにもよろしくない,治療担当者が参照すべきガイドラインの作成がぜひ必要であるということで,第71回の日本胃癌学会総会にあたり,今回のガイドラインが作成されたわけです.このガイドラインの作成と公開を望む声は,タイムリーなものでして,第一線の臨床家の間でも受け入れられたという事情がございます.そして,医師・患者の相互理解に役立つものと非常に大きな期待をかけられたということです.ガイドラインの具体的な目的について,作成に尽力された笹子先生からお願いします.

消化管造影・内視鏡観察のコツ

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はじめに

 「早期胃癌研究会」とこの会が編集している雑誌「胃と腸」の精神は,ひたすら画像と病理の対応に基づいた実証主義を貫いている.すなわち美しい絵と,行き届いた説明にて,客観性に立脚した実証主義に力点がおかれている.しかも内科・放射線科・外科・病理学など関連領域の先生方が,それぞれの専門性を持ちつつ臓器や科の壁を越えて,一同に会している.そこにはわが国の消化管診断学を,世界一にした先達の先生方の心意気が,脈々と流れている.この伝統は約40年間も続き,多くの疾患や病変の本態が,この「早期胃癌研究会」と「胃と腸」から解明されてきた.特にわれわれは提示された症例を通して,画像所見と病理組織学的な所見と比較しながら,その症例の持つ意義について,多くのことを学んできたし,今後も症例から学び続けていくであろう.この考え方にたって,「早期胃癌研究会」に提示してほしい症例,それらの画像などについて,X 線像を中心にして私見を述べる.

mini lecture

胃壁の構造と胃の病気 滝澤 登一郎
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はじめに

 病気には好発部位が存在することが多い.しかし,人間の DNA の構造が解明された今日でも,病気の好発部位について科学的に説明することは困難な場合がある.胃の病気にも好発部位が明らかで,深くて大きな慢性の消化性潰瘍は胃角の領域に好発する.また,胃粘膜の萎縮は小彎側に発生して大彎側に拡大進展するが,これらについて理由は説明されていない.胃の機能の中心は,食べ物の塩酸消毒と蛋白分解処理であるが,結果として粘膜の変化を中心に病態を考える方向が病理学の中軸となり,胃の壁の問題はほとんど論じられなくなった.しかし,粘膜偏重の視点からは,病気の好発部位の問題は解決されない.胃壁の構造,特に筋層構造を理解することで胃角や小彎側の解剖学的特殊性を認識し,病気の成り立ちについて総合的に考察することが可能になるのである.

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欧文目次

編集後記 大谷 吉秀
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 今回の特集では,1 年間に推定 10 万人が罹患し,5 万人が死亡する“胃癌"の診断と治療の最前線を網羅することを狙いに,X 線診断から,内視鏡診断,病理診断,内視鏡治療,外科的治療,化学療法,分子生物学的アプローチに至るまで,第一線でご活躍の先生方に原稿を寄せていただいた.通常号の企画としてはあまり例をみない,やや欲張った内容になったが,本邦で行われている胃癌診療の現状が的確に捉えられているかどうか,愛読者の方々のご批判をいただければ幸いである.

 “胃癌に関わる臨床の進歩には目を見張るものがある.しかし,これらが真に進歩や最先端を担うに値するかということについては,少し頭を冷やして考える必要があるように思われる.(中略)何か大きな忘れ物をしていないか"という辛口の批評(吉田論文)は,現状を見据え,次なる目標を模索する本企画の序説として,含蓄の深い,的を射た表現と言えよう.今回は一昨年から導入された「胃癌治療ガイドライン」についての座談会も企画され,熱のこもった討論が行われた.ガイドラインが包含するさまざまな問題点が浮き彫りにされている.近く予定されているガイドラインの改訂作業でこれらを参考にしていただけるものと期待したい.

基本情報

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胃と腸
38巻1号 (2003年1月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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