胃と腸 37巻13号 (2002年12月)

今月の主題 胃癌と鑑別を要する炎症性疾患

序説

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 はじめに

 日常診療における胃癌の診断が困難な要因として胃炎,胃潰瘍をはじめとする炎症性疾患の存在がある.本号では癌と鑑別を要する多くの胃の炎症性疾患を集積し,胃癌の診断能力を高めることを目的としている.まず,形態的に胃癌と鑑別を要する炎症性疾患を,①隆起型胃癌と鑑別を要する炎症性疾患,②平坦・陥凹型胃癌と鑑別を要する炎症性疾患③びまん浸潤型胃癌と鑑別を要する炎症性疾患に大別して,各著者にはできるだけ多くの症例を呈示していただくようお願いしてある.そして,どの所見が癌と鑑別困難であったのか,鑑別のポイントは何かを中心に解説していただく.さらに,病理学的に胃癌と鑑別を要する炎症性疾患についても解説していただき,画像所見を重視せずに生検診断にのみ頼ることの危険性についても述べていただく予定である.詳細は各項を読んでいただくこととし,ここでは炎症性疾患を癌と誤診しないための形態診断の基本について述べたい.

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要旨 胃の多くの炎症性隆起性病変は,その肉眼的特徴から胃癌との鑑別は比較的容易である.これら隆起性病変は腸上皮化生やびらん・潰瘍の再生性過形成性変化として出現することが多く,したがって,腸上皮化生やびらんが出現しやすい前庭部に認めることが多い.腺腫や過形成性隆起病変の中には,Ⅱa型早期胃癌との鑑別に迷う症例もあり,このような症例を鑑別する上で,拡大内視鏡検査により胃粘膜微細模様(fine gastricmucosal pattern;FGMP)を観察することは極めて有用である.悪性病変においては,過形成性粘膜で観察されるD patternの大きさが不揃いで配列が不規則となり,そこにびらんが形成されるとその再生粘膜模様は特有の悪性再生上皮模様(malignant regenerative mucosal pattern;MRMP)を呈することになる.また,悪性新生血管が併存することもあり,これらの所見を観察することでより正確な診断が可能である.

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要旨 内視鏡による胃癌拾い上げ検査は満足のいくものとはなっていない.1997年から2000年までに当施設で行った“拾い上げ目的”の胃内視鏡検査のうち13,717件に生検が付加され,そのうち内視鏡医が下した診断と生検診断が不一致であったものが427例認められた.胃癌拾い上げにおける内視鏡医の観察診断精度は,偽陰性率36.4%,陽性適中度48.6%,有効度96.8%と算出された.偽陽性例270例の内訳は陥凹型病変128例,微細病変105例,隆起型病変36例,びまん型病変1例であった.隆起型胃癌と鑑別を要する非腫瘍性病変として重要なものは,過形成性ポリープ,gastritis cystica polyposa,異所性胃粘膜,inflammatory fibroid polyp,疣状胃炎,食道胃接合部のpseudosarcomatous granulation,胃底腺ポリープなどが挙げられた.これらの病変の特徴を理解して,検査に臨む必要がある.

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要旨 平坦・陥凹型胃癌と鑑別困難であった症例を呈示した,炎症性病変は,健常部との境界がはっきりすることは少なく,一部でも明瞭な境界が存在する場合は胃癌との鑑別を要した.胃炎性病変では,NSAIDsや慢性腎不全に伴うびらん性胃炎や孤立性萎縮粘膜が胃癌との鑑別を要した.びらん性胃炎では抗潰瘍薬の投与,あるいは経過観察により治癒傾向を示すこと,多発傾向があること,基礎疾患を把握すること,などが癌との重要な鑑別点であった.孤立性萎縮粘膜は,なだらかな陥凹と陥凹面の整った血管透見像が鑑別所見として大切であった.潰瘍性病変では萎縮境界の瘢痕やEMR後の潰瘍瘢痕,さらに再発性活動期潰瘍,あるいは大彎側に発生した活動期潰瘍などが胃癌との鑑別を要した.萎縮境界付近の潰瘍瘢痕は肛門側で萎縮粘膜に移行するなだらかな陥凹と陥凹面の整った血管透見像が重要であった.活動期潰瘍はその辺縁が平滑で蚕食像を伴うⅡC面を認めないこと,抗潰瘍薬投与後の経過観察にて治癒傾向を示すことが重要であった.なお,いずれの症例も的確なポイントからの生検により癌を否定することが必要不可欠であった.

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要旨 表面陥凹型胃癌と鑑別を要する炎症性疾患としてびらん性胃炎,萎縮性胃炎および腸上皮化生を取り上げ,内視鏡所見からの鑑別点を中心に述べた.びらんを鑑別する際には,陥凹部→境界部→辺縁部と内側から外に向かって順序よく見ていくと所見を捉えやすい.そして,悪性びらんの所見が1つでもあれば生検を行うべきである.また,多発性びらんの場合は,形態や大きさが他のびらんと比べて著しく異なっていたり,繊襲上の配列から逸れているびらんは生検をしておくほうが無難である.当施設での診断能を検討したところ,内視鏡的に良性びらんと判断した746病変中9病変(1.2%)がGroup Ⅴであった.一方,内視鏡的にⅡc型早期癌と診断した39病変中3病変(7.7%)は良性病変であった.萎縮の起こっていない胃底腺領域内に,孤立性あるいは限局性に斑状の萎縮粘膜域が存在することがあり,未分化型癌との鑑別が必要である.腸上皮化生性粘膜が広範に拡がってくると,化生していない萎縮性粘膜の部分が浅い陥凹として映り,一見ⅡC型早期胃癌のような様相を示す.これが多発すると1つ1つを鑑別していくのは大変で,大きさや色調などが他の部分と比べて著しく異なっている部位を生検して対処せざるを得ない.

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要旨 びまん性変化を呈し,びまん浸潤型胃癌(スキルス)との鑑別を要する炎症性胃疾患について述べた.びまん性病変の基本的な捉え方と考え方は1.病変の部位と範囲を決め,2.病変を胃壁における場で分けて考え,すなわち主に粘膜面および粘膜下層の急性浮腫性変化であるびらん,小潰瘍,ひだの腫大と主に粘膜下層以深の線維性変化である胃壁の硬化(伸展不良,変形)に分けて所見の程度を判定し,3.この粘膜面の変化と胃壁の硬化の程度とを組み合わせて種々の疾患の鑑別を行うことである.胃壁の硬化は急性胃炎や特殊な感染症や帯状胃潰瘍で認められ,ひだの腫大は肥厚性胃炎が最も多く,急性胃炎やMénétrier病においても認められる.これらの所見はX線による二重造影像あるいは圧迫像で容易に捉えやすくびまん浸潤型胃癌と鑑別しやすい.急性病変では発症の仕方(急性発症した激痛や吐血など)や薬(NSAID,抗生物質など)の服薬歴,アルコールや食品(サバなど)の摂取歴も鑑別診断に役立つ.

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要旨 過去22年間にびまん浸潤型胃癌と鑑別を要した非腫瘍性病変のX線・内視鏡所見を検討した.潰瘍性病変を主体とする壁内線維化群11例(胃梅毒,腐食性胃炎,部分的脾動脈塞栓術後の胃病変)では伸展不良の程度はびまん浸潤型胃癌と同様であったが,粘膜面の変化がより顕著であった.一方,胃壁外の炎症を主体とする壁外群5例(Crohn病,膵炎ないし結核性腹膜炎)では癌よりも伸展不良の程度は軽く皺襞腫大も軽度であった.これに対し,浮腫ないし皺襞腫大を主体とする壁内非線維化群15例(胃アニサキス症,急性胃粘膜病変,Ménétrier病を含む巨大皺襞性胃炎)では,伸展不良を欠如するかあっても軽度で,粘膜面の変化に乏しかった.したがって,胃のびまん性非腫瘍性病変では,伸展不良の程度,皺襞の性状,および粘膜面の変化に着目すれば,びまん浸潤型胃癌との鑑別のみならず質的診断がある程度可能と考えられた.

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要旨 胃の良性の炎症性疾患のうち,組織学的に癌と類似した像を呈するため誤診する危険性があるものがある.日常の病理組織診断においては胃炎・消化性潰瘍に伴う幼弱な再生上皮や腸上皮化生で異型を呈するものが頻度は高いが,まれなものでは,①偽肉腫様細胞の出現,②ウイルス感染(サイトメガロウイルス),③EMR後の変性腺管,④部分的脾動脈塞栓術後の虚血性変化,⑤抗癌剤性胃炎,⑥Helicobacter胃炎(あるいはMALTリンパ腫)における印環細胞癌様細胞などがある.誤診を防ぐためには,このような病変で出現する異型細胞の特徴とその鑑別点を熟知しておく必要があるが,臨床診断と病理診断の乖離がある場合はお互いに討論することが最も重要なことであると思われる.

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要旨 内視鏡でⅡb,Ⅱcなどいわゆる胃炎類似型早期癌と鑑別が必要な平坦発赤病変の拡大観察を行い,病変境界部の粘膜上皮下の毛細血管をはじめとする微小血管構築像が,良悪性を鑑別する指標になりうるかを求めた.方法:平坦な胃粘膜発赤病変52病変を対象とした.組織学的所見から発赤胃炎群42例,発赤分化型癌群10例に分類した.内視鏡所見の内訳は,発赤胃炎群は,発赤斑31例,びらん11例,発赤分化型癌群はⅡc 9例,Ⅱb 1例であった.上部消化管拡大内視鏡の粘膜微小血管構築所見を境界明瞭所見,周辺毛細血管消失所見,異型血管増生所見に分類し胃炎群と分化型癌群における所見の頻度を求めた.結果:発赤胃炎群の71.4%は境界明瞭所見,周辺毛細血管消失所見,異型血管増生所見の3所見すべてを認めなかった.一方,発赤分化型癌群では1例の境界が不明瞭であった以外はすべての症例で上記3所見を有していた.結語:今回の検討では症例数が少なく断定はできないが,少なくとも境界明瞭所見,周辺毛細血管消失所見,異型血管増生所見のすべてを認めない平坦発赤病変については,良性の慢性胃炎の可能性が高く,拡大内視鏡観察は,平坦な発赤した癌を見つけるために行われる発赤した慢性胃炎からの無為な生検を減らしうる可能性が示唆された.

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要旨 患者は64歳,女性.体重減少と胃部不快感で近医を受診し,胃内視鏡検査で異常を指摘され精査目的に当院紹介となった.胃内視鏡検査では胃全体に粘膜萎縮が著明でひだがほとんど消失し,不整形びらん,小潰瘍が胃体部を中心に存在した.また,内視鏡検査時の送気により,容易に粘膜のひびわれと出血を来した.内視鏡所見では,表層拡大型の悪性リンパ腫やスキルス胃癌が否定できず,胃生検や診断的EMRを繰り返し施行したが,悪性所見を認めなかった,その後,約半年間経過を観察したが,心窩部痛は悪化し,X線像も進行性の胃硬化像を認めたため,十分なインフォームドコンセントのもとに胃全摘を行った.組織学的には,胃全体に著明な萎縮と出血,びらんが存在したが,悪性所見は認められなかった.残存した上皮周囲のリンパ球の免疫染色ではCD8陽性細胞の著増とCD4陽性細胞の著減を認め,HLA-DRも著明に発現していた.以上より発症原因として自己免疫の関与が考えられた.

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要旨 症例は72歳,男性.人間ドックの上部消化管造影で胃体部小彎に巨大皺襞が認められ,精査目的に当科紹介受診となった.上部消化管造影では胃体部大彎側に皺襞の肥厚はみられないが,胃体部小彎に周堤様の皺襞の肥厚とNische様の所見がみられた.内視鏡像では胃体部小彎を中心に3条の肥厚した粘膜ひだが縦走し,胃体上部ではひだの屈曲により周堤様を呈していたが,びらん,潰瘍はみられなかった.超音波内視鏡では同部位の粘膜層の肥厚が認められた.組織学的には腺窩上皮のcorkscrew様の過形成と問質の炎症細胞浸潤,粘膜筋板の索状の走行がみられた.迅速ウレアーゼテスト,免疫染色にてHelicobacter pylor(H.pylori)陽性であった.発生部位が胃体部小彎側で非典型的であったが,H.pylori感染に伴う胃巨大皺襞症と診断し,除菌療法を施行した.除菌は成功し,上部消化管造影,内視鏡検査にて巨大皺襞は消失し,組織学的にも改善がみられた.胃巨大皺襞症の成因にH.pylori感染が関連していることを強く示唆する結果と考えられた.

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要旨 患者は54歳,男性.検診で胃の異常を指摘され受診した.胃X線検査および内視鏡検査では,幽門前庭部に不整形陥凹性病変を認め,体部は皺襞が腫大し同領域の胃壁は肥厚し,巨大皺襞胃の様相を呈していた.皺襞の腫大は一様ではなく,既存の粘膜ひだの走行を保ちながら腫大の著明な皺襞と目立たない皺襞が不規則に混在しており,また,伸展性も比較的保たれていた.超音波内視鏡検査では,第2~3層に多発する小囊胞を認めたが,第4層の肥厚はなかった,良性の巨大皺襞症を合併した胃癌の診断のもとに胃切除を行った.病理組織学的に体部の巨大皺襞は形成異常としてのびまん性囊胞性形成異常と診断した,本疾患は巨大皺襞胃の様相を呈することが多く,本症例の特徴的な肉眼所見および超音波内視鏡所見は,びまん浸潤型胃癌など巨大皺襞を来す他の疾患との鑑別診断に有用であると考えられた.

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欧文目次

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 大腸癌に対する内視鏡外科手術の意義を追求することに情熱を傾けられてこられた,自治医科大学大宮医療センター小西文雄教授を代表世話人とする,腹腔鏡下大腸切除研究会が編集された「腹腔鏡下大腸手術アプローチ&スタンダードテクニック」と題する単行本がこのたび発刊されました.先生はその目的を達成するためには,術式の定型化,データの集積による遠隔成績の分析,トレーニング法の確立が不可欠であり,その手段としてはまず研究会の設立が必須であることを,かつて日本内視鏡外科学会教育委員会委員長を務めていた小生に,熱っぽく話して下さったことを今も鮮明に思い出すことができます.確か1998年ごろだったかと思われますが,大腸癌研究会のプロジェクトに先生の考えが取り上げられたのに相前後して腹腔鏡下大腸切除研究会が設立され,以降,同会はたゆまず発展を続けてきました.このたびその成果をこのような立派な単行本としてまとめられたことは,誠にご同慶の至りです.

 内容は,第一線でご活躍中の著者ら各人が,固執し,試行錯誤しながら極めた術式の現況を,それぞれ外側,内側アプローチ法,後腹膜アプローチ法などと命名して,懇切丁寧に紹介しています.術式の選択は,一般にいかなる方法で腹腔鏡下手術を始められたかによって決められていると思われますが,原則は皆同じでありますから,これでなくてはならないという規則はありません.ことに手術の難易度は,病変部位,患者さんの体格,手術既往の有無などによっても異なり,また場合によってはいろいろな工夫を必要とするので,まずは今回発刊されたような優れた手技解説書を座右に置き,参考にしながらいかなる事態にも対処できるように技術を磨き,その手技を自分のものにすることが大切です.

編集後記 浜田 勉
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 胃に異常所見をみた場合,常に癌を疑いながら形態を観察するのは診断学の常道である.そのとき,炎症性疾患だけではなく他の腫瘍性疾患も考慮に入れるのは当然だが,本号は特に炎症性疾患に限定し,胃癌との鑑別を狙いとして企画された.

 隆起,平坦陥凹,びまんの所見別に各疾患の形態的な特徴が多くの症例呈示でまとめられ,生検に頼るまいとする各執筆者の苦労が感じられる.ただ,陥凹病変において,日常的によく遭遇する胃潰瘍の,特に悪性サイクルにおける診断ポイントにも言及してほしかったし,生検の有用性について少し論じてもよかったのではないかと思う.一時期低迷した拡大観察法による鑑別が2つの論文で報告されているが,胃でも大腸のpit patternのような分類が果たして一般化されるか研究段階でとどまるか今後の展開をみたい.また,病理側から癌と誤診される可能性のある疾患が述べられ,臨床側はこのことを十分頭に入れて臨床診断に対応する必要があると考えられた.

基本情報

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胃と腸
37巻13号 (2002年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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