胃と腸 15巻9号 (1980年9月)

今月の主題 胃リンパ腫(1)―悪性リンパ腫

序説

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 胃の悪性リンパ腫は胃癌の0.5~4.2%の頻度でみられる胃肉腫のうち,約60%を占めるとされ,著しくまれな疾患ではない.そして病理学的にも古くから検討されてきた疾患である.

 したがって,その診断面でもかなりの所見が検討され悪性リンパ腫診断の目安も一応は解決ずみのようにも思われる.すなわち,辺縁硬化像あるいは病巣の硬さを欠くこと,粘膜下腫瘍様の所見を呈する部分があること,巨大皺襞を伴うことがあることなどが目安とされ,ほとんどの症例で術前診断が可能である.

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 消化管の悪性腫瘍のうち,悪性リンパ腫はまれな腫瘍であるが,癌腫以外の悪性腫瘍の中では頻度が高く,小腸では最も多い,本来,胃壁には,回腸末端部や虫垂のごとくリンパ装置は存在しないが,粘膜の病変に伴って発達してくると考えられている.胃の悪性リンパ腫の母地が,このようなリンパ装置であるか否か,またリンパ節より発生する悪性リンパ腫との形態や発生形式の異同があるか,という問題が生じている.事実,胃の悪性リンパ腫の症例のあるものでは,併存したりあるいは連続しているリンパ組織の増生が胃粘膜と粘膜下層に認められる.

 胃は異なった構造と機能を有する3つの層より成る管腔臓器であり,そういう形態の中での悪性リンパ腫の増殖の形はリンパ節と異なる点が多く,胃の他疾患との鑑別が実際診療上必要となってきている.特に,癌腫および反応性リンパ細網組織過形成と称される病変などとの異同が問題となるが,一般的にいって生検組織学的診断に際しては,悪性リンパ腫の細胞が挫滅されやすいこともあって,癌腫の場合ほど決定的な診断を下しえないこともあり,X線と内視鏡的所見を含めての総合的な鑑別診断が必要である.この原則は,悪性リンパ腫に限らず他の病変についてもあてはまることではあるが.そこで第1に肉眼的特徴について検討が行われ,基本的な形態についての問題提起がなされるに至った.これにより,早期胃癌やBorrmannの分類によって正確に表しえなかった形態的特徴がはっきりしてくると期待される.

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 胃悪性リンパ腫の特集号を編集するに当たって,できるだけ多数の症例に目を通すことが計画され,3回にわたる症例検討会が行われた.このために前記した23施設から,諸項目が記入されたアンケート用紙と共に多数の症例の肉眼所見,臨床材料,病理組織標本が小編集委員会宛に寄せられた.各施設で費された労力と時間は大変なものであったろうと推測される.

 多数例が集められ,複数の目で検討されたのを機会に,検討された症例の年齢分布,病変の性状などについてまとめてみた.胃悪性リンパ腫が検討される場合の参考になれば幸甚である.

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 胃悪性リンパ腫の特集号を組むにあたって多数の機関の御好意により,多くの症例を御提供いただいた.このうち,臨床資料,切除胃肉眼写真および病理組織標本がそろった例は87例であった.これら症例が複数の人々によって検討されたのを機会に,検討症例の病理形態学的所見を略述してみた.

 肉眼所見 分類と各肉眼型の出現頻度とはすでに「胃悪性リンパ腫の集計成績」で述べられている.これらを通観して,胃悪性リンパ腫の肉眼所見には以下のような特徴が挙げられる.

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患者:53歳,男.

現病歴:1978年5月の健康診断で胃癌の疑いありといわれた.6月に入院.自覚症状はない.

入院時現症:全身に異常を認めず,表在性リンパ節腫脹もない.

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 胃に原発する悪性腫瘍のうち,非上皮性腫瘍の占める割合は0.5~1.7%といわれている.

 大井ら1)の全国集計によると,胃肉腫のうち悪性リンパ腫は約70%を占めているが,Hodgkin病は3.1%にすぎず,非常にまれである.胃腸管に発生するHodgkin病は,1913年Schlagenhaufer2)が報告したのに始まり,外国では比較的報告例が多いが,本邦では1924年の大沼3)による胃腸原発症例の報告以来,われわれの集計しえた範囲では63例で,その病理組織学的混乱を考慮に入れても,まだ本邦ではまれな症例といってよいだろう.

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患 者:48歳,男.

主 訴:心窩部痛.

現病歴:1976年1月頃から,ときどき心窩部に重圧感を覚えるようになった.同年8月頃からこの重圧感が増強しはじめ,食後に疼痛を伴うようになってきたため,同年8月26日癌研内科外来を受診した.

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 肉眼的に胃体部大彎を中心に周堤をもつ多発の陥凹性変化を認め,組織学的に粘膜固有層から漿膜下層に達する多発の胃原発性細網肉腫を経験したので報告する.

 症 例

 患 者:佐○乙○,52歳,男.

 主 訴:心窩部痛.

 既往歴:1959年肺結核.1969年急性肝炎.1967年より気管支喘息にて治療中.(現在Predonin 5mg/day服用中)

 家族歴:父・甥 白血病.

 現病歴:1972年7月より心窩部痛が出現し,近医にて胃X線検査を受けるも異常なしと言われた.その後疼痛が増強するため,同年9月に胃X線・内視鏡検査を受け精査のため入院となる.

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患 者:69歳,女.

主 訴:無症状.

現病歴:1978年9月下旬,老人検診で胃X線検査を受け,幽門部の変形を指摘された.同年9月29日近医で精密検査を受け,幽門前庭部大彎の悪性病変を疑われ,同年10月9日癌研内科を受診した.

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 われわれは病巣が胃の粘膜下層までに限局し,その肉眼形態がⅡa+Ⅱc型早期胃癌に類似していた胃のリンパ肉腫を経験したので報告する.

 症 例

 患 者:松○哲○,22歳,男,室内装飾業.

 既往歴:18歳の時,虫垂炎で虫垂切除を受け,21歳の時,腎結石で治療を受けたことがある.

 家族歴:特記すべきことなし.

 主 訴:心窩部痛.

 現病歴:1977年4月頃から軽い心窩部痛を訴えるようになり,某病院を受診し胃炎と診断され投薬を受けていた.翌5月に再び心窩部痛を生じたので某院を受診,胃X線検査で胃潰瘍を指摘され,精査のために当院を紹介されて5月18日に来院した.なお,ここ2カ月食欲がなく,体重が3kg減少した.

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 胃X線および内視鏡検査にて,Borrmann1型の胃癌が疑われ,胃生検で,悪性リンパ腫の診断が得られた1症例を報告する.

 症 例

 患 者:MY,51歳,男.

 主 訴:心窩部痛.

 既往歴:1963年,痔核手術のあと輸血後肝炎.

 家族歴:特記すべきものなし.

 現病歴:1979年夏頃より空腹時心窩部痛出現.人間ドックにて,胃X線検査上異常陰影を指摘され,7月17日入院.

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 Ⅰ+Ⅱa型早期胃癌に類似し,主病変が粘膜層に限局した胃原発性悪性リンパ腫例を経験したので報告する.

 症 例

 患 者:32歳,男,公務員.

 主 訴:空腹時の心窩部痛.

 既往歴,家族歴:特記することはない.

 1978年4月頃から,空腹時に心窩部痛があり,5月末に,他院で上部消化管検査を受け,胃潰瘍の診断で,内科的治療を受けた.その後,3回にわたり内視鏡的に経過が観察され,胃角から幽門洞にみられた潰瘍は漸次縮小したが,周辺粘膜が浮腫状で凹凸不整の隆起があり,生検で悪性リンh腫の疑いをもたれたため,同年12月上旬に,当センターを訪れた.

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 Borrmann1型様の形態を示した胃悪性リンパ腫の1例を経験したので,主にX線,内視鏡,切除標本の肉眼所見および組織学的所見について供覧する.

 症 例

 患 者:58歳,女.

 主 訴:心窩部痛.

 家族歴:特になし.

 既往歴:脈絡膜上皮腫で手術(29歳).

 現病歴:3カ月ほど前より,左側腹部の鈍痛があり,最近では心窩部痛となった.主に,空腹時に痛むことが多く,食事によって痛みは軽減していたという.近医を受診し,胃X線検査の結果,胃腫瘤を指摘され,治療の目的で国立がんセンターを紹介された.1969年10月2日入院となる.

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患 者:39歳,男.

主 訴:心窩部痛.

家族歴,既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:数年前より,上腹部不快感あるもそのつど健胃散の服用により,不快感は軽快していた.1カ月前より,時々,心窩部痛を訴えるようになり,外来受診し,胃X線,内視鏡検査の結果,入院となる.

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患 者:56歳,男.

主 訴:嘔気および食思不振.

現病歴:1975年11月頃から時々黒色便に気づいていたがそのまま放置していた.その後,1977年6月までに約12kgの体重減少があり,この頃から嘔気および食思不振を覚えるようになった.6月中旬に某医を受診し,胃X線検査を受けたが異常所見は指摘されなかった.しかし9月になっても上記症状が改善しないため,9月28日癌研内科を受診した.

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患 者:61歳,男.

主 訴:心窩部重圧感.

現病歴:1967年5月の初めから心窩部重圧感があり,また,飲酒後に心窩部痛を覚えるようになった.同年5月5日某医院で胃X線検査を受け胃潰瘍と診断された.内科的治療がはじめられたが同年11月同医のもとで2回目の胃X線検査を受け,手術をすすめられた.同年ll月13目胃癌の診断で癌研外科へ入院した.

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患 者:永○秀○(O-452)42歳,男,会社員.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:39歳時,胃潰瘍の診断で内科治療.

現病歴:3ヵ月前より軽度の空腹時心窩部痛があり,会社胃集検に際し,間接X線所見の胃角変形,辺縁不整および同部のバリウム付着異常によりチェックされ精密検査にまわった.現症:栄養良好,貧血なく,表在リンパ節を触知しない.腹部に腫瘤なく腹水貯溜を認めない.

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 胃体部から前庭部へかけて広範囲に存在するⅡc+Ⅲ型類似胃癌ないしは多発潰瘍に伴うreactive lymphoreticular hyperplasiaと鑑別が困難であった表在性の胃濾胞性リンパ肉腫を経験したので報告する.

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患 者:49歳,女.

主 訴:心窩部痛.

現病歴:1973年3月頃から心窩部の不快感を覚えるようになり,5月初旬頃からは心窩部痛が増強してきた.同年5月25日に某病院で胃X線検査を受け,慢性胃炎と診断された.同年7月になっても上記症状が持続するため,ふたたび同病院を受診した.胃X線検査の結果,手術をすすめられた.同年7月30日胃癌の診断で癌研外科へ入院した.

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 消化性潰瘍を伴い多発の平皿状腫瘤の形態を呈した早期胃細網肉腫の1例を経験したので,X線,内視鏡所見を中心に報告する.

 症 例

 患 者:渡○ト○,55歳,女.

 主 訴:空腹時心窩部痛,体重減少.

 家族歴:兄姉結核.

 既往歴:特になし.

 現病歴:1970年11月頃より空腹時心窩部鈍痛が出現する.1971年7月に某医を受診し,胃X線検査にて異常を指摘され,豊橋市民病院を受診する.

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 一見,Borrmann 3型の胃癌様であるが,X線像および内視鏡像から形態的に,胃悪性リンパ腫と診断した症例を経験したのでそのX線写真,内視鏡写真および病理学的所見について供覧する.

 症 例

 患 者:36歳,男.

 主 訴:嘔気,心窩部痛.

 家族歴・既往歴:特になし.

 現病歴:5~6年前より胃部不快感があったが,3カ月ほど前から嘔気,心窩部痛を強く感じるようになった.また,時々両側上肢の脱力感を感じることがあったという.消化管の精査を希望し,1978年8月23日,国立がんセンターを受診し,胃X線検査をはじめ諸検査を行った.その結果,胃悪性リンパ腫の診断で手術のため入院した.

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 多発性Ⅱc型早期胃癌に類似した肉眼像を呈し,組織学的にreactive lymphoreticular hyperplasia(以下RLH)と悪性リンパ腫が共存した1例を報告する.

 症 例

 患 者:55歳,女.

 主 訴:胃の精査.

 現病歴:特に自覚症状はなかったが,胃集団検診にて異常を指摘されたため1970年2月来院.

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 最近,われわれは横行結腸から直腸までびまん性に過形成性結節を認め,さらに多発性の腺腫性ポリープと大腸早期癌を合併した症例を経験した.家族性大腸腺腫症では腺腫の芽から腺腫へ,そして多数の腺腫を背景とする粘膜から癌が発生するという過程が明らかにされているが,われわれの症例ではびまん性に無数の過形成性結節を背景病変として腺腫や癌が発生したものと考えられ,この背景粘膜が発癌となんらかの関係があるのではないかと推定される.過形成性(化生性)ポリープそのものからの癌化は否定されている今日,本症例の意義は少なくない.さらに,大腸粘膜にびまん性に過形成性結節を示す症例は,本邦のみならず欧米の文献にもほとんど見出すことができず,極めて貴重な症例と考えられるのでここに報告したい.

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欧文目次

第5回「胃と腸」賞贈呈式開催さる
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 第5回「胃と腸」賞贈呈式は7月16日(水)の早期胃癌研究会例会会場(エーザイ本社5階ホール)で開催されました.

 今回は,名古屋市立大学第1内科宮治眞氏ほか7氏の次の論文に贈られました.

編集後記 長与 健夫
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 いずれの臓器癌を対象とするにせよ,まず初めに重要なことは,その癌の肉眼像の全貌というかスペクトラムを把握することである.乳癌なり肺癌なりの診断名がある疾患に対してつけられるにせよ,その名のもとに癌が種々な発育の段階を含めて多彩な様相を示すことは各臓器癌に共通した現象であり,それぞれの分類亜型によって癌の生物学的性質が異なり治療成績や予後に差のあることをわれわれはよく知っている.ここに取り上げられた胃の悪性リンパ腫もその例外ではないであろう.

 この特集号では種々な肉眼形態を示す胃の悪性リンパ腫が症例を中心にして紹介されているが,このような取り上げ方は,この病気が胃癌などのようにさほど頻度が高くないので,1つの病院の限られた例だけでは充分になしうることでなく,多くの病院から症例をもち寄ってそれを系統的に検討することによってはじめて可能になるわけで,その点この特集号は高い意味と価値をもつものと思う.

基本情報

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胃と腸
15巻9号 (1980年9月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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