胃と腸 11巻10号 (1976年10月)

今月の主題 胃スキルスの病理

主題

胃スキルスの病理 望月 孝規
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スキルスとは

 Rudolf Virchowが1855年から1856年にかけてWürzburg大学で講じた病理解剖学総論の中に,Scirrhusについて述べた部分がある.

 「癌は2つの形態に区分される.すなわち,硬い癌とやわらかい癌(fester und weicher Krebs)或は,線維性癌と細胞性癌(Faser-und Zellenkrebs, Carcinoma fibrosum und cellulosum)である.古くは硬いものをscirrhusと(漠然と)呼んでいた.この表現は硬い形態にも適用されていた.その後,硬い病変すべてをScirrhusと名づけるようになった.今日では,一般に硬い癌だけのこととみなされている.これに対し,このScirrhus状態という表現は,単に硬い物(Scirrhosität)とみなされたときにも,しばしば用いられているのである.このScirrhus状態或はScirrhusをCirrhoseと混同してはならない.この語は,もっとも多く肝の変化について名づけられており,しかも本来は,黄色い状態という意味しか有していないのである.これらの状態を名づける場合に,この表現を用いる必要は全くないのである.何となれば,Skirrhusの代りにfester Krebs(硬い癌),Cirrhoseの代りにkörniger Zustand(顆粒状状態)と呼べばよいのである.」

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 わが国では臨床的にスキルスと呼ばれているものとBorrmann 4型胃癌は同じものと解釈されている.しかし病理学的にはスキルス,Borrmann 4型癌,びまん性癌,linitis plastica等といわれているものは各研究者によりその定義は多少異なっている.現在はこれらの名称がいずれも使われ,スキルスの定義をめぐり混乱を来している状態である.欧文の文献にみられるlinitis plastica,びまん性癌,Borrmann 4型癌はいずれも高度の膠原線維の増生を伴い,胃壁全体が平板状に硬化し,leather bottleとも呼ばれる外見を呈するもので,わが国で臨床的に呼ばれてきたスキルスに相当する.

 著者らは今までこのような癌は予後の最も悪いもので,大部分は3年以内に死亡し,臨床的,病理学的に通常の胃癌とは生物学的に異なった性格を有する特殊な癌であることを主張してきた.すなわち,Borrmann 4型癌は臨床的には一見非常に経過が早く,また病理学的には単に表層拡大型胃癌の末期像ではなく,特殊な進展形式を示し,かつ胃全体に高度の線維増生を来す癌であることを,臨床経過追跡資料および外科的手術材料よりその究明に努めてきた.これらについては今まで多くの発表をしてきたので,今回はびまん性癌の肉眼像および高度の線維増生(fibrosis)の成因について病理学的な著者らの考えを述べる.

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 胃癌の1つであるいわゆるスキルスは,一般的に,胃癌の中で予後の悪い癌であるとされている.そして,わが国においてはスキルスといった場合には,癌の肉眼型であるBorrmann 4型あるいはlinitis plasticaを意味する場合がある1)12)26)27)30).一方では組織水準で,スキルスは胃癌の特徴ある組織型の1つとして硬癌adenocarcinoma scirrhosum22),scirrhous carcinoma13),carcinoma fibrosum3)7)と呼ばれている.さらには,このような組織型は乳癌にも多いものである.このように,いわゆるスキルスという言葉は胃においては肉眼的水準および組織学的水準での両方の意味を含んでいて混乱を与えている.スキルスという言葉を用いる場合にはどの臓器でどの水準の意味で用いているのかを明確にしておく必要がある.

 著者らは,スキルスという言葉は癌の形態ではなく癌の質的なことを意味するものであるとの立揚から,胃におけるスキルスの臨床的ならびに病理組織学的なことについて統一的にながめてみた.

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 linitis plastica型癌は種々の肉眼型の胃癌のうちでもっとも予後の悪い肉眼型とされているが,その概念や定義については諸家の間でいささか見解の相違がある.組織学的に見られる著明な線維形成をEppingerらは浮腫部に見られる漏出血漿成分による漿液性炎症の結果とし,佐野らはその過程を水溶性コラーゲンが不溶性コラーゲンに変化するためとしている.一方,乳腺の硬性癌では癌細胞が結合織線維を産生するという報告がある1)

 linitis plastica型胃癌は広範に浸潤しているためにその原発巣の検索は従来十分になされていなかった.Saphir & Parker(1943)は幽門前庭部に原発する癌が胃体部へびまん性浸潤をしてlinitis plastica型癌が形成されることが多いと述べている.近年に至り経過観察例が報告され,原発巣の部位や形態が解明されつつある10).佐野らはⅡc型癌の一部に,また中村らは胃底腺粘膜に発生した癌に原発を求めている.

スキルスの概念と組織発生 吉井 隆博
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 ピポクラテスは種々の硬化性病変に対して既にスキロス(硬質)という語を使用しており,その後,硬化の強いがんに対してのみに使われるようになったが,恩師緒方知三郎先生は著書「病理学総論」1)に基質がきわめて多く,がん細胞の少ないものがcarcinoma scirrhosumあるいは単にscirrhusであると述べている.このようながんは胃がん,乳がん,コランジオーマなどにしばしば見られる型であるが,それらは発生母地およびがん細胞の特殊性からそれぞれ性格を異にする.Konjetzny(1926)2)はびまん性に硬化,縮小する胃がんをskirrhusとcarcinoma fibrosumの2型に分けることを提案した.また,Brinton(1859)3)は,当時,原因を解明することができなかった胃の硬化縮小性病変に対しlinitis plasticaと名付けた.本邦においてはBorrmann 4型,スキルス,linitis plasticaの3つの用語が雑然と,あるいは同義語として使われ,このため胃がん研究に多少の混乱が起こっているように思われる.これらの用語が現れた事情についてもう一度原点にもどって吟味し,さらにスキルスの発生に関する問題を病理学的立場から述べてみたい.

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 司会 佐野量造先生の御不幸は私どもにとって大変な痛手でしたが,あとで早期胃癌の再発ではないということがわかったことはせめてもの救いでした.しかし私どもとしては彼の死を惜しんでもあまりあるものと感じています.その佐野さんを記念するためにということで,いろいろ考えたわけですが,佐野先生が最後に手がけておられたテーマの中に「胃のスキルス」があります.これを取り上げて,特集号をつくろうじゃないかというのが本号企画の経緯です.

 スキルスは臨床家にとっては非常にいやなものであります.というのは現実に,臨床でスキルスにぶつかるのは胃癌と乳癌ぐらいで,大腸とか,肝臓とか,そのほかはあまり──ないことはありませんけれども──典型的なスキルスにはお目にかからない.そうしたことで胃を取り扱っている者にとっては,ほかの臓器の癌と比べると,一種特別な病気のような気がします.

 どうして胃に多いのかということを,佐野先生が病理学者であったこともありますから,特に病理の先生方に胃のスキルスについて論文を書いていただくことになりました.今日は,その著者の方にお集まりいただいてそのお考えのよって来たるところを言葉で解説していただいて論文を読めばわかるはずですが読者の理解を助けたいというのが,この座談会の目的です.

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 進行胃癌のうちでスキルスと呼ばれるものは,漠然と早期発見がおくれたための終末結果であろうと考えられていることもあるが,多くの臨床家の経験では,他のタイプの胃癌とは異なった特殊な癌であるとする印象が強いように思われる.すなわち,予後は最も悪く,発病年齢が他の胃癌よりも比較的若く,やや女性に多いこと,しかも早期診断が困難で,短期間のうちに終末像になることなど特異な進展過程をとる胃癌として理解されていると思う.

 一方,スキルスの胃壁内での進展形式をみると,粘膜の癌巣の大きさに関係なく,それよりもはるかに広い範囲に粘膜下では浸潤している.しかも,胃壁硬化が完成する前に胃壁の伸展が比較的よく保たれている水腫状の時期があることが逆追跡の資料や病理所見から推測された(佐野,下田).このようなことからスキルスの胃壁硬化をきたす以前には,粘膜面の異常は認めにくく,胃壁の伸展性も比較的良好であるので内視鏡診断・レントゲン診断が困難な状況におかれている.

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 近年の胃X線および内視鏡診断学の進歩は目覚しく,X線的には二重造影法の開発・普及によって1)~6),また内視鏡的には内視鏡機器の改良5)~11)あるいは生検や色素撒布法などの補助的診断法12)の導入によって,微小な早期胃癌の診断に代表される形態学的な胃診断学はほぼ完成の域に達したといっても過言ではない.しかし,粘膜面の凹凸性変化に乏しいⅡb型早期胃癌の診断13)~19)や比較的短い期間に急激な進展を逐げたと思われるスキルスの早期診断20)~27)にはいまだ問題が残されている.

 著者らはスキルスを胃壁内のびまん性の強度の線維化や癌浸潤のために胃壁が著しく肥厚・硬化し,胃内腔の狭窄を来す深部浸潤癌と解釈している23)25).スキルスの大部分は癌の粘膜内進展範囲が広く原発部位の決定が難しい例が多いが,中村ら52)は胃を胃体部・中間部・幽門前庭部の3部位に分けて,癌の粘膜進展部が主として占める部位別にlinitis plasticaを分類し,胃体部例が93例中55例ともっとも多く,幽門前庭例は1例もなかったという.著者らはスキルスを主として前庭部における胃壁の硬化を来し,幽門狭窄像を呈するlinitis plastica型と胃体部における胃壁内の強い間質反応のために著しい皺襞の肥厚を来すgiant folds型とに分類している.しかし,スキルスにおいては,胃壁全体の硬化が6カ月ないし1年と比較的短期間内に完了するものが多いため20)~25),スキルスのretrospective studyから胃体部の陥凹型早期胃癌の一部がその初期像と考えられてはいるが20)28)~30),その初期像を正確に把握することははなはだ難しい.

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 胃癌の深達度および深部浸潤型式と患者の予後の間には密接な関係があるから1)~9),存在診断および質的診断の上に,さらに深達度診断を適確に行なうことは,臨床家にとって重要な課題となるのは今さらいうまでもないことである.従来この問題についてわが国では,広門ら10)の他,多数の論説がみられるが,中でも佐野ら11)の深部浸潤の肉眼的判定基準はひろく普及しているようである.他方諸外国の文献では,深達度診断を論じたものはみあたらない.

 われわれはこの課題の中で,今回は,切除標本の生,ホルマリン半固定および完全固定のいずれにおいても,肉眼上早期胃癌と区別できないが,組織学的に深達度pm以下であったものを早期胃癌類似進行癌として,その内視鏡的深達度診断について若干の知見を得たので報告したい.

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 早期胃癌の分類の基本は,当時の立案者の一人の村上忠重教授によると,V.Mikuliczの分類,すなわち1型は腫瘤型,2型は潰瘍型,3型は浸潤型という分類法であって,それをモデルとして病巣を胃粘膜面より突出しているもの,平坦なもの,それに陥んでいるものの3種に分けたという.すなわちポリープ癌をモデルとして隆起性の早期癌,次に潰瘍癌をモデルとして陥凹性の早期癌の型を設定した.また慢性胃炎から発生する早期胃癌は恐らく平坦な型を呈するであろう.このようにしてⅠ隆起型,Ⅱ表面型,Ⅲ陥凹型の3つの主な型が定まったと聞いているし,記憶している.したがって以下に私見をのべ参考に供したいと思う.

一冊の本

Fibre-Optic Endoscopy 竹本 忠良
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 BristolのSalmonとは何度か会った.Cottonとならんで英国の消化器内視鏡のホープと目されているようである.そのSalmonが書いたファイバースコープの解説書(図1)である.

 なつかしくもあるが,少々小才がききすぎると思いながら読みはじめたわけである,ファイバースコープの概論としてよくまとまっているし,内視鏡の進んでいる日本の研究者が読んでも十分ためになる本と判定せざるを得ない.4,270円で入手した本で237頁の紙表紙の本である.Salmonは新潟県立がんセンターで特にEPCGの勉強をしたので,序文のなかに小越和栄,原義雄両博士に対して謝辞をのべている.

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 胃癌の中でlinitis plasticaは特異な拡がりを示す1つの型で,その予後はきわめて不良である1).早期に発見し治療するためにはlinitis plastica typeの癌の初期像およびその原発部位ならびにその進展様式に対する検討2)~7)が必要である.われわれは,胃角部のⅡcで手術を施行した例において,胃角部のそれとは別に胃体部前壁の噴門側断端近傍に小さな癌巣が発見され,術後2年3カ月たって残胃に再発し,linitis plastica様進展を示した症例を経験したので報告する.

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 腸管のう腫様気腫は腸管壁内に多数の小気胞が集簇して発生し,腸管があたかもブドウの房様を呈する比較的稀な疾患である.ときに気腫は腸間膜,大網,横隔膜などにも認められる.

 本邦では1968年,江里ら1)が本疾患の148例を集計報告して以来,その後の5年間の著者らが文献上調査し得た37例を加えた計185例にすぎない.従来の報告1)2)では本疾患の発生部位は圧倒的に小腸に多いとされているが,われわれの調査した37例の少なくも12例(32%)では病変は結腸に認められており,結腸発生例の増加傾向がうかがわれた.しかし本疾患の内視鏡像についての報告はいまだ少ない.

絶筆

パパガユの花 佐野 量造
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 ヴェネズェラ,カラカスで開かれた全米消化器学会及び内視鏡学会に招待されて日本を出発したのは11月下旬である.ヴェネズェラは日本の3倍程の面積に人口が1千万人位で,そのうち200万人がカラカス市周辺に集中している.

 カラカスは標高1,000米近くの高地にある首都で,市の中心街はその高地のやや低い所にあり,それを取囲んで擂鉢状に山の中腹に住宅が密集している,市街地には多数の立派な高層ビルが建築中で,いかにも石油産出国の新興ぶりがうかがわれる.

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欧文目次

書評「標準外科学」 土屋 凉一
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 本書でまず感銘をうけたのは,大学は異なっても,ひとしく昭和29年に医学部を卒業し,現在第一線で教育と診療に活発な活動をしている15人の同志が,武藤輝一・相馬智両教授を中心として,臨床実習に重点がおかれている今日の医学教育に対応すべく,心を一つにして上梓した教科書であるということである.

 本書は,序文,目次,索引を除き本文は500頁から成り,160頁の総論と340頁の各論に分けられている.すなわち,外科学全般を網羅しながらも1冊にまとめられたhandyな本であるということができる.

佐野量造先生著書および論文目録
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1)本号が佐野量造先生の遺志を記念する意味をこめて編集されるにあたり,併せて佐野量造先生の著書および論文目録を掲載することになった.国立がんセンター・広田映五,小野美貴子が中心となり,その収集に当たった.

2)「論文」では,共同執筆,座談会,学会アブストラクトを含め,広く佐野先生の関係されたものも含めた.〈単独〉の表示は,佐野先生個人名で発表されたものを示す.〈筆頭〉は,共同執筆であるが佐野先生筆頭執筆の表示のあるもの,〈共著〉は,筆頭ではないが共同執筆者であったことを示している.

弔辞 村上 忠重
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 早期胃癌研究会が胃と腸の研究の推進において,世界をリードする瞠目に値する業績を誇りえたのは,臨床病理面での大きな寄与が基盤にあったからであります.佐野量造博士は,その貴重な道標でありました.

 常に元気溌剌として思うところを直言して憚らず,国内のみならず海外にも啓蒙指導の役割を果たしていただきました.その開拓の情熱の響きは,今もなお耳朶に新しいことです.その深い同志的信頼の紐帯は,幽明境を異にしても,なお絶ちがたいものがあります.

編集後記 「胃と腸」編集委員会
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「胃スキルスの病理」の特集に当って 「胃と腸」編集委員会

 本号は「胃スキルスの病理」をテーマに特集を編んだ.本号には,故佐野量造先生の御遺志を実現したいという編集委員の願いがこめられている.

 佐野先生が他界されたのはことしの2月16日であった(「胃と腸」4月号).その後の「胃と腸」編集委員会の定例会議でもひとしきり佐野先生の生前の想い出が話し合われた.その中で「先生はもう一度“スキルス”をテーマに特集を組んでみたい」ともらされていたとのお話が出た.また,1975年秋の消化器関連三学会の合同大会(長崎)においてシンポジウム「スキルスをめぐる諸問題」の御司会をされたことも思い起こされた.こうして「スキルス」特集の構想は出来上ったのである.

基本情報

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胃と腸
11巻10号 (1976年10月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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