精神医学 45巻7号 (2003年7月)

巻頭言

神科医30年の回想 笠原 敏彦
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個人的な話で恐縮だが,私は大学卒業後まず精神科病院(網走)に7年,大学病院(札幌)に15年,総合病院(東京)に8年勤務し現在に至っている。計画的転勤とか大学の医局人事ではなく,偶然が重なった職歴にすぎない。インターン制度が廃止された直後だったし,卒後すぐに精神科病院に就職したので,他科研修など一度も経験したことがない。30年間ずっと精神科医療だけをやってきた。ここでは,若い研修医のために各施設の長所短所を思いつくまま述べてみたい。もちろん,これは私の管見にすぎないので読者各位には異論もあろうがどうかお許し願いたい。

   精神科病院(単科と略)の長所は,その共生的雰囲気にある。あくせくしない特有の治療的時間空間の中で精神科医療をじっくりと経験できる。特に,精神病レベルの急性期の患者からは多くのことが学べる。病識がなく治療を拒否する人をどうやって入院させ治療するか。往診先でずいぶん危険な目にもあった。経験を重ねるにつれて次第に精神病患者とは「友達」になるのが最も大事だとわかってきた。ただ「病識がない」とか「治療を拒否する」とか簡単にいうが,急性期の人がいかに人間存在を脅かされるような危機状況にさらされ,想像を絶するような苦痛を耐えているか,単科で一緒に「生活」していると少しずつわかってくる。彼らは病者であっても異常者ではないことが理解できるようになる。

展望

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はじめに

   日本の文化風土の中で創られ育てられた内観療法は,単純であるが脆弱な自我も包み込むような治療構造を持った心理療法で適応範囲も広い。この心理療法を開発した吉本伊信は1937(昭和12)年11月,4回目の『身調べ』で遂に宿善開発,転迷開悟の境地に達した。吉本はその時の心境を「嬉しくて嬉しくてこの大法を出来るだけ多くの人達に,伝授したいとの情熱に燃えた」と記している65)。当時浄土真宗の一派で行われていた修業法「身調べ」で体得した宗教的体験であった。「身調べ」は極めて宗教的色彩が強く,より仏法に近づくための精神修養法であった。吉本によると,1936(昭和11)年ころ本邦の医学および社会福祉界で活躍した富士川遊の『内観の法』にヒントを得て,内観法の創案作りに着手した。富士川の内観には,自分の心を深く調べることを勧めてはいるものの,具体的な方法は示されていなかった64)

 1941(昭和16)年ころ駒沢諦信と相談し脱宗教化と簡易化が進められ,現在の『内観法』に近い形が吉本により考案された64)。まず矯正施設でその効果が確認され,その後家庭・学校・職場の精神衛生の面にも応用された。吉本は1968年に内観3項目を考案し,内観療法の治療構造と技法はほぼ確立された。1978年に日本内観学会が設立され,この20数年間莫大な症例報告や応用に関する有意義な検討がなされた。1998年には日本内観医学会が結成され,内観療法の医学への応用と理論的構築が推進されることになった。

 内観療法の背景には日本人の人間関係や文化に関係する仏教哲学がある。したがって極めて東洋的心理療法であるが,普遍性も備え欧米のクライエントに受け入れられつつある。まずは内観療法の歴史と本心理療法と日本浄土思想との関連について述べる。

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抄録

 職域で生じるうつ病を早期発見するため,自己記入式質問紙法である二質問法とBDIのうつ病スクリーニング方法としての妥当性検討を構造化面接法であるMINIを至適基準として行い,質問紙法を用いた実際の介入を職域で試みた。

 対象:精神科受診大うつ病性障害患者と勤労者。結果:①妥当性検討:患者群では二質問法の感度はカットオフ値(CO)を1点とすると99%,2点とすると87.9%,BDIの感度はCOが10~14点の間で80%以上であった。勤労者対照群では二質問法の大うつ病性障害に対する感度はCOが1,2点ともに100%,BDIでは,COは10~18点で感度50%であった。②職域での介入:二質問法で2点あるいはBDIで10点以上の職員を選び,MINIを用いた二次面接を実施し,大うつ病患者5名を同定した。そのうちBDIで高得点であった2名は産業保健士の面談を経た後,精神科医が面接し,受診・休務から復職へつなげた。考察:職域におけるうつ病の一次スクリーニングとして,二質問法とBDIが妥当である。ただし,早期発見・早期介入の実現には,職域のメンタルヘルス教育および体制の確立が重要と考える。

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抄録

 最近,社会不安障害の治験参加を呼びかける新聞広告がなされ,多数の応募者があった。そこで,新聞広告に応募した患者群(広告群)と広告とは関係なしに受診した患者(非広告群)の臨床病像を比較検討してみた。対象は,広告群13例と非広告群49例で,患者背景,Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS),Social Phobia Scale(SPS),Social Interaction Anxiety Scale(SIAS),Beck Depression Inventory(BDI),State-trait Anxiety Inventory(STAI),Global Assessment of Function(GAF)などにみられる臨床症状の特徴を比較した。その結果,広告群と非広告群は全般型の率,LSAS,SIAS,SPS得点といった社会不安障害の症状において差を認めなかった。しかし,広告群は有意に高年齢で大卒の既婚男性が多く,働いており,社会機能(GAF)が高く,対人恐怖症が少なく,STAI,BDI得点が低い傾向を示した。これらの結果に若干の考察を加えた。

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抄録

 ストレスドック受検者を対象に,適応障害と診断された21名と健康と判定された21名について,精神健康尺度The General Health Questionnaire60項目版(GHQ60)およびラザルス式Stress Coping Inventory(SCI)により,精神健康度とストレス対処に関する比較検討を行った。精神健康尺度は,GHQスコアおよび身体的症状,不安と不眠,社会的活動障害,うつ傾向という4つの下位尺度のいずれにおいても,適応障害群は健康群より有意に高かった。ストレス対処については,適応障害群では健康群に比べて計画型,肯定評価型が有意に低く,逃避型は有意に高かった。また,適応障害群では,責任受容型,自己コントロール型の利用度が高いほど社会的活動障害得点が低いという相関を示した。適応障害の予防や治療について,ストレス対処機構を高めるような認知行動療法的方法が有効と考えられた。

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抄録

 大阪池田小事件の約1か月後に,全国の統合失調症患者本人(以下:対象者本人とする)(436名)とその家族(388名)・精神科医師(229名)に対して郵送法で質問紙調査を行い,事件報道による生活上の変化や心理的・身体的影響とその要因を明らかにした。その結果,対象者本人も家族も病気や障害について深く考え悩むことが増えたり,人間関係に支障を来すなどの影響が見られた。影響は概して家族よりも対象者本人のほうが大きかった。また,生活上の変化と心理的・身体的ストレス反応に関しては,家族が対象者本人を観察して気づいた影響は,対象者本人が実際に感じている影響よりも小さかった。外傷後ストレス症状の尺度であるIES-Rを用いたところ,対象者本人で15.7%,家族で12.0%がカットオフポイント(24/25)を超えていた。IES-R得点は,本人では若年層が有意に高く,家族では男性が高い傾向がみられた。また,報道を積極的に見た群では見ていない群よりもIES-R得点が有意に高かった。症状としては,回避症状がもっとも高かった。本研究で明らかになった報道被害の可能性を根拠に,今後は慎重な報道を積極的に促す必要性があるだろう。

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抄録

 Rogersらによって作成されたエンパワーメントスケールの日本語訳を作成し,統合失調症患者に適用した。エンパワーメント合計点については,ほぼ良好な再テスト法妥当性(r=0.85 p<0.001),内的整合性(Cronbachα=0.79),基準関連妥当性(WHO-QOL尺度合計点とのPearson相関係数r=0.71 p<0.0001)を示しており,適用可能であると考えられるが,一部のエンパワーメント因子で,再テスト法信頼性係数の低さ,合計点との間の相関の低さが認められた。BPRSを用いて評価した精神症状との間には,一部で負または正の相関が認められたが,値は低く,エンパワーメント得点はおおむね精神症状から独立していると考えられた。日本における精神障害者自立生活支援におけるエンパワーメントスケールの有用性について考察した。

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抄録

 Paroxetineの中止または減量に伴い,離脱症候群を呈した5症例について報告した。症例1,2では,焦燥,衝動性,希死念慮などを伴う重篤な精神症状がみられた。症例3,4,5では,全身の電撃感などの知覚過敏が主であった。いずれも再投薬により早期に改善した。10mgずつの減量(症例1,3,5),他剤への置換(症例1,3)でも出現した。一度生じた症例では,再減量時に再び出現する傾向があった(症例1,3,5)。自己中断や身体科入院により中断した例もあり,paroxetineの離脱症候群については,精神科医のみならず一般医および患者にも注意を喚起する必要があると思われた。最小量の10mgずつの減量でも出現しうることから,離脱症候群を生じさせない減量法について,今後検討の必要があると思われた。

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抄録

 「社会的ひきこもり」の本人および家族の生活状況,家族の生活困難感や負担感の把握を目的として,家族を対象とした調査を実施した。

 50名の社会的ひきこもり事例の家族から回答を得た。問題発現は中高生年齢をピークに広範にわたった。昼夜逆転・強迫行為などの行動上の問題が多く,強迫行為を示す事例では活動可能な範囲がより制限されていた。また,家族機能の健康度および家族の精神的健康度の低下がみられた。特に本人の支配的な言動や家族への拒否的な態度がみられた事例では,家族の精神的健康度や家族機能の柔軟性が低下していた。

 調査結果の検討を通して,社会的ひきこもりの家族の負担を軽減するための援助の必要性が示唆された。

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はじめに

 渇酒症とは抑えがたい飲酒の欲求が突然に起こり,連日連夜飲み続け数日から数週間続いて急激に終わるものとされ,てんかんや躁うつ病などに伴うことがある稀な症状とされる5)。今回,我々は挿間性に大量飲酒を繰り返し,てんかん発作がしばしばみられた1例を経験したが,稀な症状であるとともにその位置づけを考える上で興味深いと思われたので報告する。

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はじめに

 「初期分裂病(中安)」は「分裂病シュープの初期を指し,通常の分裂病に対するのとは別の治療的対応を要すべき1つの臨床単位である。ただし,明瞭なシュープ極期の既往や後遺症状が存在する場合は除く」と定義され,より具体的には,①特異的な症状が存在する,②幻覚妄想状態や緊張病状態などの極期と異なり病識が保たれている,③極期症状に有効な抗精神病薬が必ずしも有効ではなくその病態生理にドパミン系が関与しているとは考えられない,④この段階に数年にもわたってとどまる例も多く極期への進展に対する障壁機構の存在が示唆されるなどの特徴を有するものである2~5)

 今回,我々は,45歳で発症し数年間を経過した初期分裂病が疑われる1例を経験し,risperidoneによる薬物療法を行い,治療前後で123I-IMP SPECTを用いて評価する機会を得た。症例を紹介し文献的考察を行う。

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はじめに

 脳梁膨大後領域は,Valensteinら7)により初めて記憶障害の責任病巣として報告されており,記憶に関する新しい神経構造として注目を集めているがまだ報告例は少なく,わが国ではわずかに高山ら6),片井ら2),笠畑ら1),高橋4),Takahashiら5),Yasudaら8)の報告を認めるのみである。我々は今回,右皮質下出血後に道順障害と視覚性記憶障害を来した症例を経験したので報告する。

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はじめに

 狭心症の治療中であったが,誇大妄想を中心とする躁状態を患い,狭心症の治療継続が難しく精神科的治療が必要とされた患者に,risperidone(RIS)による治療を試みた。その結果,狭心症の悪化を認めず誇大妄想の改善とともに,躁状態の速やかな軽快がみられた貴重な症例を経験したので,ここに若干の文献的考察を加え報告する。

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動物を使って精神的なリラクゼーション効果を引き出す治療法は,動物介在療法(animal assisted therapy;AAT)といわれ,患者さんが生活場面や治療場面で動物と触れ合うことが,閉ざした心を開くきっかけとなり,生きる活力や,対人接触に対する勇気をもたらすといわれている1~3)

  ■導入の経過と方法

 今回我々は,AATの精神科への,ことに病棟内での導入の第一歩として,患者の拒否反応が少なく,かつ人畜共通感染症の危険性も低いペットタイプのロボットAIBO(SONY製)を用いた。患者に「お名前は?」といった挨拶から始めてもらい,「お手」,「ダンスして」といった呼びかけをしてもらったり,「ボールキック」などボールを使って一緒に遊んだりするような触れ合う機会を定期的(隔週火曜日昼食後―個々に約30分間)に約半年間提供し,その前後で,主治医や看護師が患者の症状について評価した1,2)

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はじめに

 札幌の北部に位置する中規模病院である五稜会病院では解離性同一性障害(以下DID)と診断し,交代人格と対話することによって寛解へと導かれる症例が増えている。そのうちの1例を前回報告した8)が,今回は,DID症状を示すものの,統合失調症(以下S)の診断を下さざるをえなかった症例を経験した。DID概念をしっかり持っている医師でもSとDIDの鑑別が難しい5)と報告されている。また,精神保健機関を初めて訪れてからDIDと診断がつくまで平均6.7~6.8年2,5,7)とも報告されている。そこで,両者の鑑別について検討,報告することにした。

動き

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2003年3月4,5日の2日間,盛岡市岩手県民会館などを会場として第23回社会精神医学会が開催された。年度末,火曜日と水曜日というやや変則的な日程,初日の雪が舞うあいにくの天候などが参加者数にどのように影響したかはわからないが,主催者によると約450人の参加者があったとのことである。まず,大会長を務められた岩手医科大学神経精神科学酒井明夫教授はじめ,事務局,関係者の方々のご尽力に感謝したい。

     今学会では「現代社会と自己破壊」というテーマを掲げ,基調講演(ジョゼフ・オザワ氏,“Relational Distress and Self-Destructive Behaviours in Singapore”),会長講演(酒井教授,「自己破壊の史的考察」),シンポジウムⅠ(「現代社会と若者の自己破壊的行動」),シンポジウムⅡ(「希死,自傷,自死のはざまから」),特別講演Ⅰ(岩手医大衛生学公衆衛生学岡山明教授「自殺予防の地域疫学」)などの企画が組まれた。その内容も,シンガポールなど外国の家族をはじめとする社会・文化的状況やこれらが人々のメンタリティや行動に及ぼす影響の概説,自殺をはじめとする自己破壊についての格調高い医学史的考察,第一線で問題に直面しているさまざまなシンポジストからの報告,自殺の実態や自殺予防に向けた地域介入のあり方とその実践例の紹介など,多彩で非常に示唆に富むものであった。この他,一般演題の中にも自傷や自殺に関するセッションが2つあり,ポスターセッションでも関連演題が数題認められた。自殺者が3万人を越えるという深刻な状況が続いている現在,酒井会長がおっしゃるように「これまでbio-psycho-socialという精神医療の基本の一翼を担い,貴重な試みを実践してきた」社会精神医学会は,精神医学の分野で問題解決に向けて積極的な役割を果たすべき立場にある。その意味で,今学会のテーマは時宜を得たものであった。特に,今回,自殺とともに取り上げられた「自己破壊的行動」は社会精神医学にとって古くて新しいテーマである。アルコール依存症はかねて「慢性自殺」と呼ばれてきた。おそらくこの「慢性自殺」と「自己破壊的行動」は密接に関係するものと考えられる。今回シンポジウムⅡで若者の自己破壊的行動として非行(村松励氏),摂食障害(西園マーハ文氏),薬物乱用(平井愼二氏)が取り上げられた。これらは,反社会的行動や自己の身体への侵襲によって,結果的に自らの社会的,肉体的生存を自ら危うくする行為である。しかし,多くの場合,当人たちは自殺の意図を持ってこれらの行為をしているわけではないことも重要なポイントと思われる。私は,たまたまそれぞれの演者の知己を得,折に触れてその業績についてうかがう機会もあったことから,自己破壊という視点からどのような議論が交わされるかを興味深く拝聴した。結論を先に言うと,自己破壊的行動と一括りにすることに意義はあるにせよ,それぞれの問題は個別的であり,それぞれ別の方法論を用いて対応しておられることが改めて印象づけられた。それでも共通点を挙げれば,演者が口々に話されたように,行動修正ないし治療に対する動機の得にくさや医学モデルによる治療に限界があることなどであろう。これらはまさに,今後社会精神医学が自らの専門性に基づいて処方箋を示すことを期待されている課題である。これまで精力的にかかわってこられた演者には敬意を表したい。午前中基調講演を行ったオザワ氏も含めた指定討論の時間が設けられたが,フロアーとの間で質疑がもっと行えたらなおよかったと思う。その他の企画の中で,印象に残ったことは,岡山教授が自殺多発地域においてその予防のための地域介入を行う際,必ずしもそれを公にするわけではないと話されたことであった。多発地域の住民の間には自殺問題を話題にすることを避ける傾向もあるようであり,他の健康問題に比べ,より入念な配慮を要することを再認識した。

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第25回日本生物学的精神医学会は,金沢大学大学院脳情報病態学教授越野好文会長の主催のもと,2003年4月16日から18日の3日間,金沢市文化ホールにおいて開催された。今回のスローガンは「精神障害の生物学的基礎の解明を目指して」である。越野会長はプログラム講演抄録の冒頭,「技術的な発達により,脳細胞1個のレベルでの機能も解明され始めているが,得られた知見をどのように活用して精神の働きを理解するのかが今後の問題である」と指摘されている。なお,今回は従来と異なり,演題申し込みはインターネットを利用したり,抄録集も桜が咲き誇る石川門が表紙になり活字が統一されるなど,新しい試みがなされた。

 初日は午後より若手シンポジウム,一般演題4セッションの後,加賀乙彦氏がサテライト講演会「医者のモラル」を行った。2日目は午前中より一般演題が講演会場2か所,ポスター会場2か所に分かれて行われた。正午よりランチョンセミナー,総会,特別講演と続き,その後,一般演題が行われた。懇親会は学会場に隣接する金沢ニューグランドホテルで行われた。懇親会では,第8回会長山口成良先生が挨拶をされ,第8回と第25回は会場が同じであるが,当時は現在と時代が異なり,学会の開催そのものが危惧されたと苦労話を紹介されていた。3日目は一般演題の後,特別講演,ランチョンセミナー,シンポジウムが行われた。

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山陽新幹線の居眠り運転事件は,世間の大反響を呼んだ。「睡眠時無呼吸症候群」は,日本中に知れわたった。

 第17回日本精神保健会議「メンタルヘルスの集い」は,あたかも,このような事件を想定したかのように2003年3月8日に,有楽町朝日ホール(有楽町マリオン11階)で開かれた。

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本書は,1992年に発刊された安永浩著作集全4巻から漏れていた若干の論稿や,専門的でないエッセイ類も含み,自身の内面もよく反映していると,序文にある。まず安永氏特有な独創的な精神病理学の理論についての章のほかに,数学界(第3章),国際会議基調講演(第8章),対談(第16章),随想(第10章)など色とりどりの内容・形式になっている。精神医学以外の分野にもわたり,さまざまの方面で役立つと思われるが,特に氏のやや難しい理論が具体的に,あるいは違った角度からわかるようになっている。

 「あとがき」に追記された【緊急情報】は,安永氏が最も影響されたO. S. Wauchopeのニューズである。Wauchope氏の消息は,1959年時から「ウォーコップ氏行方不明」となっていたが,本書の最終校正を終えた朝に,ロンドンのWauchope氏親族から「彼は1957年にケニアで癌のために死んだ」とメールを受けたのである。【8.O.S.ウォーコップの次世代への寄与(2001)】は,個人的回想から始めている。安永氏は,医学部学生の時に,Wauchopeの「ものの考え方―合理性への逸脱」(深瀬基寛訳)を読み,一種の「解放感」を得た。「いささか神経質」だった青年にとってその解放感は,かなりのものだったという。しかし,Wauchopeの影響は彼の内面で眠り続けた。そして精神科医の経験を積んで,schizophreniaの「了解し難さ」の難問に直面して,9年後にWauchopeの書に示された哲学に目覚めたのである。その論理から「パターン」を取り上げ,ファントム空間論を仮説として発表した。schizophrenia患者が表象空間を錯覚し,「パターン逆転」して,憑依のような形を呈することなどがこの章に解説されている。

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痴呆に関する書物は専門書,一般書を問わず,数多く出版されているが,「痴呆の治療ガイドライン」と銘打った書物は,わが国ではこれが初めてかと思われる。それも日本神経学会が中心になって,日本精神神経学会,日本老年精神医学会,日本痴呆学会が協力して作成したもので,このガイドラインの持つ公的な意味も高い。しかも,米国精神医学会(APA)や北米の神経学会が出している痴呆ガイドラインと異なり,わが国の事情に合わせてのガイドラインの意味は大きい。

 一般に,痴呆の治療は効果判定が難しく,薬物効果にしても,そのほかの治療方法でも,果たして有効かどうかがわかりにくいところがあるが,このガイドラインではこれまでの治療成績を分析し,それに基づいて,推奨すべき治療のガイドラインを策定しているのが大きな特徴である。

基本情報

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精神医学
45巻7号 (2003年7月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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