精神医学 19巻2号 (1977年2月)

巻頭言

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 フィンセント・ファン・ゴホ(1850-1890)の展覧会が上野で開かれていて大変に評判がいいという話である。私は3年前の渡欧の機会にオテロのクレラー国立博物館の静寂な環境のうちにゆっくり鑑賞したので,今回は見合わせている次第である。しかし巷にゴホの話題が上っているのに刺激されてか,ゴホの書簡を少しばかり拾い読みをして見た。無論この方面の研究には古くは式場隆三郎氏の研究から,小林秀雄氏の『ゴッホの手紙』,村上仁教授の翻訳になるヤスペルスのゴッホ書,それにみすず書房出版の三巻からなる浩翰な『書簡全集』その他がわが国に知られていることは周知である。

 さて,先程物故したH. Bürger-Prinz教授の『回顧録』の中の「芸術と精神病」の章によれば「精神病は損失を意味する。……病気になって獲得するものは何一つない。この種の病的変化はことごとく,原則的にマイナスだと断定すべきである。……しかし,ここでも例外はあるが,それはアーダールバート・シュティフターとファン・ゴホの二人である」と述べ,「天才性はある種の疾患によって開花する」というような従来の流布的思想にとどめを刺している。事実それまでは,天才を狂気と見るばかりでなく,狂気を天才であるとするような乱暴な説があったからである。

シンポジウム 生のリズムとその障害—東京都精神医学総合研究所,第3回シンポジウムから

生体リズムと精神医学 高橋 良
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I.はじめに

 生命のリズム現象は下等動物からヒトに至るまでのすべての生物体において,形態および機能の各レベルで見出され,昔から生物科学のみならず生命哲学における重要テーマであった。しかし近年,科学技術の進歩とともにこの生体リズムの研究はその性状と形成機序とをめぐって基礎的科学のみならず臨床医学においても活発に行なわれるようになった1,2)

 ヒトの生体リズムについては今日まで心拍,呼吸,体温,月経周期,内分泌,細胞内代謝,血液性状,水・電解質排泄,睡眠覚醒,脳波,神経インパルス,振せん,微細運動,心理活動など種々のものが研究され,特に生理機能の日内リズムについては光や環境に同期しない内因性の自発リズムと同期するリズムとが区別されてきた。そしてさらに日内リズムの個人差や疾病との関係が研究されつつある。このような現状において精神医学と生体リズムとの関係は極めて現代的なテーマといえるが,その問題をとり上げてみると差し当り,表1に示したようなものがあると考えられる。

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I.はじめに

 最初に断っておくが,私の研究は生のリズムからみたてんかんの類型学,精神病理学であって,このシンポジウムに発表される諸先生方のような生理,化学的研究とは随分レベルが異なるし,「生のリズムとその障害」なるテーマの後半「その障害」という点についてはほとんど触れることがない。

 さて,Janzが睡眠,覚醒のリズムから大発作をもつてんかんを覚醒てんかん(以後A型と呼ぶ),睡眠てんかん(S型),混合てんかん(D型)に大別したことは,昨今わが国でもよく知られるようになった。彼の類型学5,6)を簡単に紹介すると,A型は発作が覚醒後2時間以内に出現するか,休息時に出現する—これをFeierabend Typという—もので,S型はもっぱら睡眠中に大発作が出現し,混合てんかんは覚醒,睡眠いずれにも出現するか,覚醒後2時間以上経てから出現するものである。原因についていえば,A型は原因不明が多く,遺伝負荷もかなり認められ,D型は脳器質障害を既往歴にもつことが多い。S型はその中間である。合併する小発作グループについてはA型は小発作欠神を,S型は精神運動発作を,D型はその他の部分てんかん,例えばジャクソン発作をもつ。A型は就眠困難で朝方に熟睡するが,S型はその逆である。A型が最も発作抑制可能であり,難治例はA型からS型もしくはD型へ,S型からD型へと移行し,その逆はない。

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I.はじめに

 ヒトがその生命を維持していくのに自然界から動物性あるいは植物性の食物を得る必要があることから,ヒトが生物の生命現象にみられるいろいろなリズム現象に関する豊富な知識を古くからもっていたことは想像に難くない。しかし,このような生物のリズム現象を一つの体系だった学問の分野(時間生物学chronobiology)として取り上げ,研究しようとする動きは比較的最近になってからでてきたものである。

 ところで,このような自然界に広くみられる生体リズム現象によるさまざまな周期をもつものがあり,ヒトを例にとれば,それは1012以上もあるといわれている。すなわち,1個の神経細胞の活動といったきわめて短い周期をもつものから,受胎から死といった個体にとっては1回限りしか体験されないが,人類にとっては常に繰り返される生命周期にいたるものまでがある。Halbergら9)はこのような異なった周期をもつ生体のリズムを便宜上表1のごとくに分類しているが,すべての生体リズムがこれによって分類されてしまうわけではない。また,さまざまな周期をもつリズムの相互間には共通点はあまりなく,それぞれが生命の維持にとって個有の意義をもっていると考えられている。

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I.はじめに

 生物が存在する環境には周期的変動を繰り返している現象が無数にある。身近なものとしては昼夜の交代する時間を単位とする1日があり,潮の干満のように1日よりも短い周期で変動しているものもあり,人工的なものでは,秒,分,時という単位で時刻が刻まれている。一方生体内の生命活動も数多くのリズム現象の組み合わせで営まれている。約28日を周期とする月経周期や,1分間60〜80の脈拍のように意識されるものもあるが,多くの生体リズムは意識されない。しかし,昼夜が逆転したような生活条件―例えば,交替制勤務,時差のあるところを移動した際―ではこの生体リズムが外部環境との間に調和を失う(desynchronization)とその生体リズムの存在を意識するようになる。このように自律性をもって反復する律動現象はバイオリズム(biorhythm)と呼ばれ,近年このバイオリズムの重要性が注目され,各種の生体リズムを中心に生体の生理的ならびに病理的現象を時間の関数として研究する学問の分野は時間生物学(chronobiology,chron=時間,biology=生物学)と呼ばれ,研究が活発に行なわれている。

 このバイオリズムの研究の多くは,およそ24時間を一つの周期とするcircadian rhythm(circa=around=約,dies=day=日,日内リズム)に向けられてきていた。例えば,体温,代謝率,摂食-排泄,脈拍,血圧,血球成生,ホルモン分泌,細胞分裂,各種の酵素活性,尿量,尿中電解質,睡眠-覚醒などはこの日内リズムを示すものである(Scheving,HalbergとPauly,197440);Luce,197031))。このような律動現象では最大値と最小値を示す時間関係が重要な意味をもつ。すなわち体温や代謝率は覚醒時に上昇し始め入眠時に下降し始める。各種の生体リズムのうちで脈拍や体温などの日内リズムは強固な律動性をもっていて,ヨガ,禅や自律訓練などのような特殊な状況下を除いては,随意にそのリズムを変えることは困難であるし,断眠時にも脈拍,体温の日内リズムは維持されている。一方睡眠は日内リズムの中でも典型的なものと考えられているが,前述の脈拍や体温がかなり強固なリズムをもっているのにくらべかなり随意に変えられる。すなわち意志の力で1〜2夜は睡眠をとらずに過ごすことができるように,外的要因の影響をうけやすいという点では特異なリズムともいえる。

代謝リズムの発信機構 須田 正己
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 生体内での物質代謝は,導管内を水が流れるような姿ではなく,リズムをもって進行している。この物質代謝を遂行しているのが,酵素であるから,酵素の活性も,リズムをもって増減していることになる。酵素は蛋白質であり,その活性の増減は,酵素蛋白の合成と分解のバランスの上に成り立っている。したがって,酵素の合成期と分解期にも,リズムがあるわけで,酵素の活性そのものを調節する代謝産物の濃淡によっても,活性のリズムは,出現するはずである。高等動物では,多重多層の分子レベルでのフィードバック回路がつくられていて,全体で恒常性(homeostasis)が保たれている。ところで,このhomeostasisを,時間という延長線上に引き延ばしてみると,秒→分→時→日→月→年→生涯という見方になり,恒常性は常に崩壊しながら生から死に到ることが理解される。文学的な表現をすればhomeostasis,つまり恒常性とは,「無常のあわれ」であって,正直に,恒常性という言葉に引き込まれると,生体は動的平衡をいつまでも保っていて,老化も死も来ないことになる。この時間の経過という見方に対して,空間という考え方を入れてみると,生体は地球という宇宙船のどこかで,生活し,働いて食物を獲得し,どんなことが将来起こるかを予測しつつも,不安定のなかで,わずかの安らぎを求めて,さまよっているといえる。つまり,一定の生態系のなかで生存し,生殖しているわけである。この生活は,決して平坦ではなく,外界に向かって常に働きかけ,外界の自然に適応し天敵と競争して,survive(生存)してゆかねばならない。つまり据膳で喰べてゆけるものでは決してない。「無常のあわれ」に対して,この生存(survival)を文学的表現を借りれば「無明のあわれ」と呼びたい。前者のあわれは時間であり後者のそれは空間であって,ここにそれぞれの個体,種属の「時空の代謝」があると思う。

 白ネズミを恒温恒湿の部屋で飼育し,よい飼料と水とを自由に摂取させても,つまり好条件の据膳を与えても,白ネズミは約3年で生涯を終える。体内である限られた時間でのhomeostasis(恒常性)は,保たれながら無常にも,必ず老化して死ぬわけである。

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I.はじめに

 1968年夏,北九州を中心に西日本一帯に,米ぬか油にカネクロール400(塩化ビフェニール,PCB)が混入したまま大量に販売され,大規模な中毒事件(いわゆるカネミ油症)が発生した。九州大学医学部油症研究班がその原因究明や実態究明にのり出して7年が経過した。1975年10月,厚生省食品衛生課調べでPCB中毒と認定された患者は1,495人となっているが,被害者の正確な数は未だ不明である。患者は大人の場合,2,000〜3,000ppmのカネクロール400(PCB)を含んだ油を平均5カ月間食べたといわれ,初期の急性の平均発病量はPCBの2,000mg,最小発病量は500mgで体重50kgで1日67μg/kgを摂食したと計算されている1〜3)

 油症の主症状は初期において皮膚症状が著明であった。すなわち,顔,首,躯幹,臀部,陰部などに座瘡状皮疹や塊状の粉瘤を生じ化膿し,爪・歯肉,顔,角膜輪部に色素沈着,眼脂浮腫,関節腫脹,爪の変形,掌蹠の限局性角化,毛孔黒点化,生毛の黒化,発汗過多,外陰部および乳房の脂腺部に一致した嚢腫形成,脱毛,皮膚乾燥,毛孔性角化,小丘疹などがみられた4)。さらに,眼瞼マイボーム腺からチーズ様分泌物,視力障害,眼脂分泌過多,充血が知られている。呼吸器症状,消化器症状,肝機能障害,骨・歯牙の変化,循環障害,末梢神経障害,内分泌障害などが同時に明らかになり,カルシウム代謝障害,脂質代謝障害なども明らかになり,障害は全身のあらゆる機能に及んでいることが明らかになってきた5)

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I.はじめに

 1954年,DrassdoおよびSchmidtらにより,methylphenidateの中枢神経刺激剤,興奮剤としての効果が報告されて以来,この薬剤は主にうつ病やナルコレプシー,あるいは微細脳損傷,行動異常児等の治療に使用されてきた。小児の場合,methylphenidateは行動過多や衝動的行動等の治療に用いられたが,自閉症状を治療するために使用されたという報告はない。

 現在,われわれはこの薬剤を用いて自閉症児の治療を試み,自閉症状や言語症状などに認むべき効果を得ているが,今回は特に著効を示した代表的症例4例について詳細に報告する。

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Ⅱ.けいれん発作の分析―電撃のメカニズムの研究(抄訳)

 電撃によってわれわれは安全かつ恒常的に人間に,しかもそれを繰り返すことで同一個体に一度ならずけいれん発作を誘発できるということ,そして電気刺激の強度を適当に調節して発作の種々の移行段階を分析できるという可能性をこの新しい方法が提供する。この安全性,恒常性,そして可能性が発作を構成する要素とその発展の様式の分析的研究をより深めることを可能にし,その発生病理の問題つまりてんかん発作のメカニズムに何らかの貢献をもたらすことを可能にした。

 何よりもまず,電撃によるけいれんがすべての点でてんかん発作に類似するとすれば,それがそのような模式的な要約にあてはまるように問題を限定するにあたり次の間が置かれよう:すなわち,何をてんかん発作と理解すべきなのか。

基本情報

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精神医学
19巻2号 (1977年2月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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