巻頭言
狂気と正気—ゴホの手紙から
千谷 七郎
1
1東京女子医科大学精神神経科
pp.98-99
発行日 1977年2月15日
Published Date 1977/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1405202578
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フィンセント・ファン・ゴホ(1850-1890)の展覧会が上野で開かれていて大変に評判がいいという話である。私は3年前の渡欧の機会にオテロのクレラー国立博物館の静寂な環境のうちにゆっくり鑑賞したので,今回は見合わせている次第である。しかし巷にゴホの話題が上っているのに刺激されてか,ゴホの書簡を少しばかり拾い読みをして見た。無論この方面の研究には古くは式場隆三郎氏の研究から,小林秀雄氏の『ゴッホの手紙』,村上仁教授の翻訳になるヤスペルスのゴッホ書,それにみすず書房出版の三巻からなる浩翰な『書簡全集』その他がわが国に知られていることは周知である。
さて,先程物故したH. Bürger-Prinz教授の『回顧録』の中の「芸術と精神病」の章によれば「精神病は損失を意味する。……病気になって獲得するものは何一つない。この種の病的変化はことごとく,原則的にマイナスだと断定すべきである。……しかし,ここでも例外はあるが,それはアーダールバート・シュティフターとファン・ゴホの二人である」と述べ,「天才性はある種の疾患によって開花する」というような従来の流布的思想にとどめを刺している。事実それまでは,天才を狂気と見るばかりでなく,狂気を天才であるとするような乱暴な説があったからである。
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