生体の科学 44巻4号 (1993年8月)

特集 細胞接着

細胞接着蛋白群の多様性 植村 慶一
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 細胞―細胞間および細胞外基質―細胞間の接着は多細胞組織の形成,維持に基本的に重要である。最近の各種細胞接着蛋白群と細胞外基質群の構造と機能に関する研究の目覚しい進展は〔細胞接着〕に新しい光を与え,その実体を次第に明らかにしつつある。〔細胞接着〕は細胞生物学,形態学,生理学,生化学,分子生物学から神経科学,免疫学,血液学,さらに癌の転移をめぐって臨床医学全体にまたがる最近の大きなトピックスの一つとなってきている。本稿では細胞接着研究の最近の進歩,とくに細胞接着蛋白群の構造の多様性とその機能について考察を試みた。

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 神経細胞接着因子(NCAM)は免疫グロブリンスーパーファミリー分子の一員で,カルシウム非依存性の接着活性を有する分子である。

 cDNAの構造解析の結果によると,カルボキシル末端部分で,少なくとも3種類のmRNAの選択的スプライシングがおこっていることがわかっている。NCAMの180kdと140kdのものは膜貫通型で,120kdのものはカルボキシル末端が細胞膜上のイノシトール燐脂質に結合していて,膜貫部分はないらしい1)

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 高次神経機能の発現には,精密な神経回路のネットワークを持つ形態形成が必要である。神経系の形態形成は①神経芽細胞,グリア芽細胞の増殖,分化,②神経芽細胞の移動,③神経細胞の発育,④シナプス形成,⑤ミエリン形成の過程に分けられる(図1)。これらの時間的,空間的な各段階には種々の遺伝的因子群と環境因子群が複雑に影響を与えている。最近の神経発生生物学の目覚しい進展によって,これらの因子群の構造と機能が次第に明らかにされつつある。本稿では神経系の形態形成の諸過程のうち,神経芽細胞の移動に関与する接着性膜蛋白について解説を試みた。

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 正常な細胞は増殖が進み飽和密度に達し,細胞が互いに接触するようになると増殖が阻止される。この細胞増殖の接触阻止には細胞表面の膜タンパク質が関与している。われわれはマウス線維芽細胞を用い,この現象に細胞表面の接着タンパク質,Neural Cell Adhesion Moleculc(NCAM)が関与していることを見い出した。現在までの接触阻止の研究と,われわれの知見を含め紹介したい。

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 カドヘリンはカルシウムに依存して機能する細胞接着因子であり,組織の発生,分化にも深く関与する1)。とりわけ強い収縮を繰り返す心筋細胞では,隣合う心筋細胞の筋原線維を強固に接着することが不可欠である。成熟した心筋細胞のintercalated diskにはN-カドヘリンが豊富に存在し2),筋原線維に生じた収縮力を細胞膜をこえて隣合う細胞に伝え,心臓全体の収縮力を生み出すのに役立っている。ここでは,N-カドヘリンが心臓の初期形態形成,とくに筋原線維の形成やこれと並行しておきる心ループ形成にどのように関与しているのか論じてみたい。

 ところで,ヒトを含む脊椎動物の発生において形態学的な左右差は,もっとも早く心臓の原器(心臓管)に現れる。まっすぐであった心臓管(図1A)が,何らかの機序によって右に膨らみ心ループを形成する(図1B & C)。これによって右房・左房の位置が決まり,たとえばヒトでは右房側の肺は3葉に,左房側の肺は2葉に,肝臓が右,脾臓が左といった具合である。つまり,解剖学的な右房がどちらにくるかによってからだの右側は決定され,もし左にくればミラーイメージの個体となる。このことは,これまで幾分哲学的なニュアンスで語られてきたからだの左右の問題を,分子や細胞レベルで検討する足がかりを与えてくれる。

造血幹細胞と接着分子 三浦 恭定
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 血球の産生はそれらの共通の祖先である造血幹細胞の分化,増殖の調節によって行われる。これには造血因子による調節と,造血幹細胞をとりまく造血微小環境のはたらきが重要である。このうち造血幹細胞は近年その純化が進み,多くのことが解明されてきた。また,造血因子の遺伝子クローニングが行われ,その受容体の構造と機能も分子レベルでの研究が進んでいる。しかし,造血微小環境については,それらの構造が複雑で,解析が困難であるために,研究の進歩が遅かった。最近になって幹細胞の純化や造血因子受容体の研究の進歩にともなってようやく分子レベルでの研究が進みはじめた。

 造血微小環境のはたらきのうちで重要なものは幹細胞との直接の接触である。その場合には互いの細胞表面の接着分子が大切なはたらきをしているにちがいない。

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 胃癌は胃粘膜上皮から発生する。すなわち胃固有腺である幽門腺,胃底腺では腺頸部の腸上皮化生腺では腺底部のおのおのの細胞分裂帯より発生する1)。それにひきつづく癌細胞の生体生着様式は不明のことが多いが,癌化した細胞は増殖し腺頸部,腺底部を破壊し粘膜固有層に拡大浸潤していく。その際,癌細胞は分裂増殖している正常の粘膜上皮細胞の流れとともに生体から排除・脱落することなく浸潤・増殖していく。さらに周囲の細胞外基質蛋白(ラミニン,フィブロネクチン,コラーゲン)に接着し,それを足場に一部は粘膜筋板を突き破り粘膜下層,筋層,漿膜層へと浸潤・増殖をしていく。この間一部は脈管にも浸潤する。脈管に浸潤した癌細胞は血管内皮および基底膜に接着し,その後は原発巣のときと同じメカニズムで転移先の臓器に浸潤・増殖する。したがって,癌細胞と癌細胞の接着,癌細胞と非癌細胞(線維芽細胞,血管内皮細胞,血小板,リンパ球など)との接着は癌細胞の浸潤・増殖,転移においてきわめて重要であり,それに関与する接着因子の発現や機能の変化は癌の浸潤・転移能獲得に大きく関与していることが考えられる。

 これまで,癌転移過程に関与する接着分子としてカドヘリン・ファミリー分子,免疫グロブリン(Ig)・スーパーファミリー分子,インテグリン・ファミリー分子,セレクチン・ファミリー分子,CD44ファミリー分子などがあげられる。

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 血管内皮細胞は,血管腔を裏打ちする単層の細胞であるために種々の酸化的ストレスを他の細胞に先立って受けている。そのために血管内皮細胞は,その酸化的ストレスに対する防御機構が備えられているが,そのストレスがその許容能力をこえたときに血管内皮細胞障害がおきる。血管内皮細胞が障害されると,種々の臓器障害や病態が生ずることが知られている1,2)。その原因を探ってみると白血球にいきあたる。本稿では接着因子,活性酸素を中心に,白血球による血管内皮細胞障害の機序について最近の知見を紹介しながら解説したい。

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I.今なぜデスモソームか

 形態形成という発生過程の中核に位置する生物現象において,細胞間接着が重要な役割を果たしているのではないかという古典的,かつ現代的な発生生物学上の作業仮説のそもそもの定式化は,今から40年近くさかのぼった,TownesとHoltfreterによる解離胚細胞群の実験的自己組織化誘起実験1)と,その結果に対するSteinbergの差次接着説(differential adhesion hypothesis)2)にまでたどることができる。アルカリ処理によって解離された胚葉位置を異にする細胞の集団が,invitroであたかも自己の位置をあらかじめ知っているかのごとくその本来あるべき相対的位置に自己組織化していくとの実験結果は,差次接着説によって,ちょうど一次構造の決定したポリペプチド鎖の高次構造形成と比較できるような,エネルギー最適化問題に還元されたといえよう。しかし,その後の30年間にわたる細胞間接着の研究の歩みは,理論構築の是非をめぐる議論の深化という方向をとることにはならなかった。これはSteinbergの提起した差次接着説が,具体的事実との乖離を生じたということではなく,細胞の接着現象と直接的に関連する実体の解明がなされていないという,分子論的展開にとって致命的な欠落部分に多くの研究者が気付いたからにほかならない。

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 中間径線維の結合する接着装置は細胞間ではデスモソーム,細胞-基質間ではヘミデスモソームとよばれている。両者は形態学的にはよく似ているが,構成分子はまったく異なっていることが明らかになり,それぞれ独自の解析が必要となってきた。ヘミデスモソームの研究は従来の類天疱瘡抗原の解析に加え,単離ヘミデスモソーム画分を用いた研究や接着分子の研究から急速に進みつつある。本稿ではこれまでに明らかにされたヘミデスモソームの構成成分を中心に,この分野の研究の現状について述べてみたい。

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 本特集の構成からわかるように,細胞接着は細胞と細胞の間にできるもの(細胞間接着)と,細胞と基質の間にできるもの(細胞基質間接着)の2種類に大別できる。腸などに見られる単層円柱上皮を例にとると,前者のタイプは細胞側面にできる上皮細胞間の接着で,後者は細胞底面にできる細胞と基底膜間の接着である。本稿のテーマは細胞基質間接着の構造についてであるが,この種の接着でその構造がはっきりしているものには,ヘミデスモソームとfocal adhesion(接着斑)がある。前者については,この特集の別稿を読んでいただくこととし,ここでは後者について解説する。

 本稿ではまず培養細胞にできる接着斑の超微形態や分子モデルについて述べ,次に内皮組織を形成している(すなわち生体内にあり培養条件下にあるのではない)内皮細胞の接着斑についてのわれわれの研究を紹介する。このような培養細胞と生体内の細胞のデータの比較から,われわれは両者における細胞基質間接着のメカニズムは,基本的には同じであると考えている。できるだけ簡潔にするため,例外や特殊条件下でのみおこることなどは除いたが,接着斑の本質的なことは,ごく最近の情報も含めて,おさえているつもりである。

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 マクロファージは炎症や細菌侵入などに対して,いち早く,その場へ移動し,貪食により異物の処理および排除を行っている生体防御機構の第一線で働く細胞である。侵入した細菌などは貪食によって処理された後に,マクロファージによるリンパ球への抗原提示が行われ,異物処理過程を抗体の手を借りた特異免疫機構へと受け渡しする重要な役割をもつ。マクロファージの細菌などの異物処理,老化・壊死細胞の処理,自己腫瘍細胞の処理,リンパ球への抗原提示,遊走などの機能には,細胞表面の接着分子を介した非特異的または特異的な接着が主要な役割を演じており,細胞質内には,その接着を支える裏打ち構造が形成される。

連載講座 新しい観点からみた器官

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 日本で出版されている医学生向けに書かれた生理学の教科書のどれをみても,感覚を扱った章の中で味覚についての記述は視覚や聴覚に比べてきわめて少ない。これは医学部における生理学がヒトを念頭においたものである以上,ヒトにおける味覚というものの重要度が,この程度であることを意味しているのであろう。たしかに,ヒトが感覚器をとおして受け取る外界からの情報量が視覚や聴覚によるものが圧倒的に多いことは,感覚器からの求心性情報を伝える神経線維の本数を単純に比較するだけでも推測できる。たとえば,視神経は数百万本の線維から成っているのに対して,舌前半部の味覚情報を伝える線維の数は,たかだか数千本にすぎない。

 ところが,広く生物界をみてみれば明らかなように,味覚や嗅覚などのいわゆる化学感覚は,個体の維持ばかりでなく種の保存にとっても大きな役割を果たしている。味覚についていえば,摂取すべき食物の選択,不必要または害となる物質からの忌避行動を引きおこす直接の情報をもたらす一方,その情報は自律神経系を介して,消化液やホルモンの分泌を調節している。このような認識からすれば,味覚の研究はもっと進んでもよさそうに思われるが,他の感覚に比べると,その華々しさにおいて,また分子レベルでの理解において随分と遅れているようにみえる。

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 細胞と細胞の接着には,さまざまな分子が関与する。その中でも,白血球と血管内皮細胞の接着は,炎症反応や創傷治癒が正常におこるうえで重要な反応である。非常に速い血流にのった白血球が炎症部位を認識し,そこで血管内皮細胞に接着するためには,血流に抵抗できる強固な接着をつかさどる分子が必要である。免疫系細胞がもつ細胞接着分子には特異的なリガンドが存在し,これらの特異的な結合によって生体のみごとな免疫系ネットワークが形成されている。これまでに細胞表面の接着分子としてはカドヘリンファミリー,免疫グロブリン(Ig)スーパーファミリー,インテグリンファミリーが知られているが,これらに次いで,近年糖鎖を認識する接着分子群であるセレクチンファミリーが脚光を浴びてきた(表1)。

 われわれは,インテグリンファミリーに属する白血球接着分子CD11/CD18のアスパラギン結合型糖鎖の全構造を決定したところ,この分子はセレクチンのリガンドとなる糖鎖にとむ分子であることが明らかとなった。その結果,これまでに知られていないインテグリンとセレクチンとの間での分子間相互作用が示唆され,実際これらの分子間の結合を介して白血球と血管内皮細胞の接着がおこり得ることが示された。そこで以下,糖鎖に注目して接着分子について述べてみたい。

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 リソソームは酸性の細胞内小器官で,その中に含まれる一群の加水分解酵素により細胞外および細胞内物質の分解をその主要な機能としている。リソソーム蛋白質は,分泌蛋白質および細胞膜蛋白質と同様に粗面小胞体で合成され,trans-Golginetwork(TGN)と呼ばれるゴルジ複合体のトランス側の領域までは同じ経路をたどるが,ここで選別を受けた後別々の小胞に仕分けられ,それぞれリソソームあるいは細胞膜へと輸送される1)。リソソーム酵素の場合,生合成過程でその糖鎖上のマンノースのC6位がリン酸化されたマンノース-6-リン酸とその受容体(MPR)に依存する機構により選別輸送されると考えられている。そのため,リソソーム酵素の局在化経路に関する研究は,主にMPRの細胞内分布・動態の解析を中心に進展してきた。

 一方,リソソームを構成する膜蛋白質は,リソソーム酵素とは異なる機構でリソソームに局在化する。リソソーム膜蛋白質が同定されまだ10年も経過していないにもかかわらず,その構造・移行経路・局在化機構に関する研究はめざましい進展を遂げている。本稿では,リソソーム膜蛋白質の細胞内移行経路に話を限定して最近の知見を紹介したい。

実験講座

核骨格の調製法 筒井 研
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 核骨格とは分裂間期細胞核に認められる骨格様構造で,主としてタンパク質からなる(調製法によってはかなりの量のRNAを含む)。核骨格はDNAをつなぎ止める足場となっているほか,DNAの複製,転写,組換え,RNAプロセシングなど広範な核機能との関連が指摘されており,いろいろな分野の研究者から注目されている(核骨格についての詳細は最近の総説1,2)を参照されたい)。

 しかし,核骨格は生理的構造ではなく人工産物ではないかという議論がつねに絶えないことも事実である。その理由のひとつとして,材料に用いる組織や細胞,核の分離法,核成分を抽出する過程で用いる界面活性剤やヌクレアーゼなどが研究者ごとに違うため,得られる標品の組成や生理活性が一定していないことが挙げられる。用いられる名称もnuclear matrix,nuclear scaffold,nuclear cage,nucleoskeleton,nuclear ghostなどさまざまで,厳密にいえばどれひとつとして内容的に同じものはないし,コンセンサスが得られた統一的名称も決まっていない。

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 1.『ニューヨーク科学アカデミー』

 『ニューヨーク科学アカデミー』という名を筆者が初めて知ったのは「Annals」(紀要)という出版物を通してであった。今回,東田陽博(金沢大),御子柴克彦(東大)両教授とともに東京会議をオーガナイズする光栄に浴したが,これまで『ニューヨーク科学アカデミー』の何たるかはよく知らなかったために当初はおおいに戸惑ったものである。

 種々の資料によれば,『ニューヨーク科学アカデミー』は1817年に創立され,以後全米のみならず,国際的な規模で科学,技術の普及のための事業を手がけてきたようである。そのもっともおもな行事は最新のトピックスや発見に的を絞って会議を開催し,その成果を「Annals」として世界中に配布することである。それゆえ世界中のほとんどの図書館にはこの「Annals」は常備され,年度ごとの科学の進歩の歴史が辿れるようになっている。

基本情報

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生体の科学
44巻4号 (1993年8月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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