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特集 「信じたい」という心理―心の病から陰謀論まで
基本的信頼とその欠損
工藤 由佳
1
1特定医療法人群馬会群馬病院
pp.653-667
発行日 2024年11月10日
Published Date 2024/11/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp24060663
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I はじめに
先日,若手の医師に,「僕は死にたいと思ったことがないので,死にたいと思う人の気持ちを本当に理解できるのだろうかと思うのです」と打ち明けられた。このような支援者は少なくないと思う。死にたいと思ったことがない人は,どうして生きなければいけないか,なんのために生きるか,などと考えもしたことがないかもしれない。2つの世界を見る目は,何が異なっているのだろうか。
Erik H Eriksonは,基本的信頼(basic trust)についてこう記述した。「私とは,私が持っている希望であり,与えることのできる希望のことである」。そして,基本的信頼こそが,生命力に溢れたパーソナリティの礎石であり,自分自身を「これで良い」と思える基礎になるという(Erikson, 1994)。Eriksonのいう希望(hope)とは,最も大切な望みは達成可能であると信じる永続的な傾向のことである。
私たちは生きるなかでどのようにして「希望」を持てるのか?―本稿では,基本的信頼について洞察を深め,それを獲得するための方法を提案する。

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