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I はじめに
あらゆる対人援助の営為がそうであるように,心理療法もまた人と人の出会いに始まり,相互の信頼関係を基盤に展開される。当然ながらクライエントがセラピストを深いところで信頼できなければ,いくらセラピスト側に援助への積極的な気持ちがあっても,セラピーの有効な進展にはつながらない。心理療法は一種の共同作業であるという基本に立ち返ると,クライエントとセラピストの関係は,意図的に用いられる種々の介入法に先立って重要な事項といえる。実証研究の立場からも,諸学派の特異的な治療技法と同等以上に,学派の違いを超えた心理療法一般における治療関係が,心理療法の治療効果を左右する要因として重視されている(杉原,2020)。
治療関係の起点ともいえるラポール(rapport)は,クライエントとセラピストが協働してセラピーに取り組む上で欠かせない,安心や絆の感覚をもたらす信頼関係を意味する。この関係性があるからこそ,双方が打ち解けた状態で心的交流を行うことが可能になる。セラピーで扱うのがふさわしい問題には必然的に葛藤や不安が存在するため,そうした内的事象に向き合わねばならない厳しい局面においても,ラポールはクライエントの主体的な自助努力を醸成する要因になりうる。
ところで,ラポールの重要性を述べることは容易だが,そもそもラポールを取り結ぶためには,セラピストの存在を含む心理療法の実践自体がどのような条件を基本的に備えていることが望ましいのだろうか。クライエントとしてセラピストの前に現れる人の心境はたいてい複雑である。自発的に来談したとしても,その選択が良かったかどうかとも悩んでいて,自分のことを語る場面で抵抗感が生じやすい。知られたくない自分の内面が露呈してしまうことへの恐れともいえる。また,自分一人の力で解決したかったのにそれができず,ひどく恥ずかしがったり屈辱と感じていたりする人もいる。
このように,それまで人に言えなかったこと,言わなかったことを外に表出するのは勇気を必要とするため,最初からクライエントとの間にラポールが存立するわけではない。そこで本論では,ラポール形成のメカニズムにおいて重要と思われることを考えてみたい。

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