Japanese
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検査を築いた人びと
ヘモグロビンと酸素の結合を解明した フェリックス・ホッペーザイラー
深瀬 泰旦
1
1順天堂大学医史学
pp.416
発行日 1985年5月1日
Published Date 1985/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543203334
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- Abstract 文献概要
ホッペーザイラーは牧師エルンスト・ホッペの10番目の子として,1825年12月26日にドイツのフライブルクに生まれた.フェリックスが6歳のとき母が亡くなり,父もその3年後に死亡したので,フェリックスは義兄のザイラー博士に育てられ,1864年にその養子となって姓をホッペーザイラーと改めた.
1850年ベルリン大学の医学部を終え,その翌年,軟骨の組織学的,化学的研究についての論文を提出して学位を得た.プラーグで1年間の臨床経験を積んでから,ベルリンで開業したが,開業医生活が研究の妨げになるので,開業は性に合わないといってやめてしまった.ウィルヒョウが新しくベルリンに設立した病理学研究所の所員に採用され,化学研究室の主任として研究に従事した.1860年ベルリン大学医学部の助教授に就任し,翌年チュービンゲン大学に移って応用化学の教授になった.1872年ストラスブルク大学に初めて生理化学の教室が設けられ,ホッペーザイラーはその教授になって,終生その地位にあった.
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