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Ⅰ ハウジングファーストの思想
1.ハウジングファースト
ハウジングファースト(Housing First)は,「まず安定した住まいを確保した上で,本人のニーズに応じて支援をおこなう」という非常にシンプルな考え方である。精神疾患や依存症を持ちながら,慢性的にホームレス状態にある人たちに対するアプローチとして1990年代にアメリカで始まった。現在では,カナダ,フランス,スウェーデン,スペイン,ポルトガル,オランダ,オーストラリア等の各国で採用されている。日本では,制度上の制約から,完全な形で再現することにはまだまだ困難を伴うが,東京都の池袋や中野を拠点とした「ハウジングファースト東京プロジェクト」などの取り組みが行われている。また,東京都や川崎市などの自治体が行うホームレス支援の方策においても,ハウジングファーストを念頭に置き,路上生活をしている状態から直接アパートに入居するモデルが広がりつつある。
ハウジングファーストでは,人が安定した住まいを持つことの権利が重要視されている。自分で管理できる空間の鍵を持つということは,その人の尊厳そのものである。住まいを持つことは人権であり,人は誰も,安全な住まいで暮らす権利があると考える。人権とは,人間が単に人間であるということのみによって持っている普遍的な権利であり,人間であること以外には,いかなる条件も求められない。住まいは基本的な人権であり,それと同時に,さまざまな人権の基盤でもある。自分だけの鍵のかかる個室が得られることは,プライバシーを守り,人間の精神の自由(自由権)を守ることにつながる。また,雨風をしのぎ,外界から身を守る(社会権・生存権)ためには,住まいが必要不可欠である。さまざまなサービスを利用するためにも住所が求められており,参政権の基盤ともなる。
住まいは人権であるという思想に拠って立つならば,住まいを得るために,いかなる条件も求められるべきではない。人が医療を受けようと受けなかろうと,人権であり,人権の基盤でもある安全な住まいは,得られなければならない。
ハウジングファーストの概念の根幹は,「住まいと支援の分離・独立」にある。住まいはけっして,精神科医療にかかることや,酒や薬物を断つことの引き換えに提供されるものではない。医療をはじめとした支援サービスを受けることは,本人の意思に基づいており,住まいを得るための条件ではない。アパートで暮らすことができるか,金銭管理が可能か,継続的に病院に通うことができるかなどを評価することからも距離を置く(non judgement)。あるがままをうけ入れ,まずは安定した住まいを提供する。
本人がすべきは,家賃を払うことと,住まいの提供者と定期的に面会することだけであり,医療を含めたあらゆる支援サービスを利用しようとしなかろうと,その住まいが失われることはない。たとえ,一度築かれた支援者との関係性が破綻しようとも,アパートで暮らし続けることができる。そして,何らかの理由によって住まいを失ったとしても,何度でも住まいを提供する。

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