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Ⅰ 産業精神保健の沿革と現状
1.2000年頃まで
わが国の職場における労働者の精神健康に関する取り組み(産業精神保健活動)は,鉄道省での外傷性神経症の対策に始まると言われているが,一般企業でそれが広がり始めたのは,1960年代半ば頃からである(廣,2015)。学術学会などでも精神病(特に,統合失調症)を有する労働者の処遇や支援が論じられた。その後,産業精神保健活動は,第3次および第2次予防から第1次予防へという流れで進展してきた(廣,2023a)。
1980年代半ばまでは,職場の中で管理者が不調者を抱え込んで不適切な対応をとることを回避するための教育研修や職場復帰後の就業面の配慮が,産業保健活動が活発な企業,事業場を中心として模索され,実践された。
1990年代半ばより,仕事の心理的負荷が発病の主因と考えられる精神障害に関して,事業者(企業)の責任(安全配慮義務あるいは注意義務)が追及される事例が散見されるようになり,2000年には,電通事件の最高裁判決がマスメディアに大きく取り上げられて,この領域に対する企業関係者の関心も高まっていった。1999年,「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下,「判断指針」)が発出され,職場における精神障害は,労働災害(以下,労災)問題としても注目が集まった。非器質性精神障害が労災として認定されるための要件が示されたのであり,これはその後の産業精神保健活動にも大きな影響を与えた。労災認定の対象となる傷病は,労働基準法施行規則別表第1の2に列挙されているが,2010年に,その第9号として,「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」が加えられた。2011年には,判断指針が,基本的な考え方はそのままに,一部内容を改められた「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下,労災認定基準)に置き換えられた。こうした動向の中で,業務上疾病として労災認定される精神障害の件数は増加の一途を辿った。
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