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1.はじめに
現象学は,その創始者フッサールの言葉にあるように,「事象そのものへ」をテーゼとして,私たちの経験がいかに成り立っているのかを記述的に探究する哲学であり,方法である.成り立ちというのは,ある経験の意味がいかなる構造で,あるいはいかに生み出されている(発生する)のかを意味している.例えば糖尿病の患者さんの,それまで高値であったHbA1cが,半年ぐらいで目標値内にまで下がってくると,私たちは,その患者さんの健康に対する態度や生活の仕方が変化してきているという意味を見て取る.あるいは,足に小さな傷を見つけると,足病変となったたくさんの患者さんのことが想起され,その経験の蓄積がこの傷のある足に注意を向かわせる.これらは,検査値や足の傷がそれ自体として見えているのではなく,ある意味として私たちに現われている,あるいは,その意味への応答として現われていることを示している.現象学が関心を向けるのは,このような現われ(経験)の意味であり,その成り立ちである.もう少し詳しく述べれば,その意味がいかなる構造を持って現われているのか,いかなる文脈において(時間経験として)発生しているのかを記述という方法によって開示することである.
ところが,こうした現われは,私たちにとっていつも既に経験されており,また習慣化されているため,自明(あたりまえ)となっている.この自明な経験は,はっきり自覚せずに遂行されているために,言語化も難しい.私たちの多くの生活は,このはっきり自覚されていない前意識的な次元に支えられている.看護師や患者の営みにおいても,経験しているけれども,それとしてはっきり自覚されていないことが多い.そのため,現象学という哲学,そして現象学を手がかりとした現象学的研究が意味を持つ.
その自明ではっきり自覚できない次元の経験にアプローチするには,現象学のテーゼである「事象そのものへ」立ち帰ることが要請される.言い換えると,日常的な経験は,私たちの先入見や既存の知識という枠組みを通して見られており,この枠組みから距離を取ること,現象学用語で言えば「棚上げする」あるいは「捉え直す」ことによって,その成り立ちが露わになるとされている.
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