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はじめに―動作の神経表象と冗長性―
1980年代初頭にGeorgopoulosら1)が,一次運動野の神経細胞の活動頻度が筋張力に依存するという従来の概念とは異なり,腕到達運動時の手先の運動方向に依存することを報告して以来,動作の特徴が脳の神経細胞にどのように符号化されているか,という問いは,神経科学の分野では未だに決着のついていない重要な問題の1つである2).しかし,「ある動作に一意的に対応する脳活動が存在する」という研究遂行の前提に異を唱える研究者は殆どいないと思われる.ただ,よく考えてみると,脳の活動が身体の動作を生み出すという因果関係は,必ずしも両者の間に一意的な対応関係を要請しているわけではない(図1).同じ脳活動パターンが異なる動作パターンに対応することはあってはならないが(図1A),逆に,異なる脳活動パターンが同じ動作パターンに対応することは論理的に何ら禁じられていない(図1B).
むしろ,皮質に存在する膨大な数の神経細胞を考えると,様々な脳活動パターンが同じ動作パターンに対応していると考えた方が自然であろう.本稿では,このように,ある結果が様々なやり方で達成できることを「冗長性」と呼ぶことにする.関節をまたぐ筋は複数存在しているため,ある関節トルクを実現する各筋の貢献度の組み合わせは無限に存在する,というのもよく知られた運動系が持つ冗長性の1例である.従来の研究では,このような無限の可能性からなぜ一意的な活動パターンが選び取られるのか,すなわち「冗長性解消の機序」に焦点が絞られてきた(たとえば文献3).
しかし,運動系の冗長性は最終的に解消されるべきものだとしても,従来,それが持つ機能的役割に関する議論が抜け落ちていたように思える.筆者らの最近の研究結果から,運動系,特に運動学習に関わる脳内過程の冗長性が,多様な環境に運動を適応させる等の面で重要な役割を担っていることが明らかとなってきたので,本稿ではその概要を紹介したい.
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