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2005年を過ぎた頃から“ノマドワーカー”なる言葉が現れた.現れたというよりも,以前から少数ながら存在していた“仕事形態”が注目されるようになった,というのが正確だろう.“ノマドワーカー”とは,“特定の職場をもたずITの進歩により供されたパソコン,スマホ,タブレット端末などの移動媒体を用いて仕事を行う形態”のように表現されているが,企業に属しオフィスやデスクもありながらその場にとらわれずに自由に作業場を変え情報にアクセスしながら仕事を行うものから,企業に属さず単独あるいは数人でinternetにつながる作業場を転々としながら情報を集め仕事を行うものまでさまざまである.中にはフリーランスという言葉と混同される“作業形態”もあるが,作業場を転々と移動するという意味に重きをおいて“ノマドワーカー”と呼ぶことが多いらしい.“ノマドワーカー”のメリットの1つはオフィス,デスクをもたないことによる経費の削減とされ,これら事務的作業に伴う時間的制約から解放されることは大きいだろう.一方,“ノマドワーカー”のデメリットは“会社の看板”といった後ろ盾がないことであろう.これまでの実績,経験,あるいはこれからの事業展開などの情報開示を含めた活動も組織に頼れずすべて個人や少人数で行う必要があり,また“会社の看板”がないことにより信用を得られにくいということは容易に想像がつく.IT技術の進歩とともに“仕事形態”が大きく変化,多様化し注目されるようなった“ノマドワーカー”であるが,最近ではあまりこの言葉を聞かなくなった.“ノマドワーカー”がありふれた存在となり,あえて“仕事形態”として表現する必要がなくなったためか,あるいは本来の“ノマドワーカー”的仕事が個人の能力によるところが多く,実は実践するのが大変難しく少数に限られてしまっているためか,その真相はわからない.
nomadeとは何か? 英語ではnomadであり“遊牧民”あるいは“放浪者”を意味する.nomadの語源は古代ギリシア語の“ネモー”とされ,“配分する”と“放牧する”の意味をもつらしい.また,古代ギリシア語の“ノモス”は“法”と“牧草地”との意味を持ち合わせていることも興味深く,“法(自然)の節理に基づき分配された牧草地を遊牧する”とも解釈できるような気がしてならない.遊牧民は定住することなく牧畜を行いつつ移動するが,無秩序に移動をしているわけではなく,牧草地を食べつくすことなくその回復を計算しながら移動を行っている.定期的に遊牧することにより家族あるいは帰属単位を将来にわたって維持させるため,計画的,合理的にしかも自然の摂理(法)と対話をしながら環境に合わせて移動・生活をしているのである.また,遊牧民はその移動経路の中に定住民,特に農耕民の居住地域を必ず内在しているという.これは,肉や乳製品などは自給可能であるものの,岩塩や農産物あるいは織物や工芸品など生活必需品の調達は遊牧のみでは不可能であるためとされる.また,遊牧民は定住民の必要物資を運搬し交易するという役目をも担っている.遊牧民は一見あてどもなく移動しているかのごとくみられるが,実はこれまでの経験を蓄積,理解,考察し,場合によっては定住民から物品・情報を得ながら,未来を推察して移動の判断を行っているのである.
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