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診療でも研究でも,半ば趣味のように取り組めている人は幸せである.好きなことであれば,誰に強いられることもなく自ら取り組むことができ,モチベーションを保ちながら継続して努力を続けることができる.そのような対象が社会や医療の発展に役立つようなものであれば,まさに一石二鳥である.わたくしの場合,その対象は脊椎脊髄外科と骨代謝研究の2つである.もちろん脊椎脊髄外科が本業であるが,骨代謝研究も面白く,やめられない.ただし,これら2つは密接に関係するので,この場合の“二足のわらじ”はあながち非効率的ともいえない.もちろん“二兎を追う者は一兎をも得ず”のことわざはつねに肝に銘じて活動している.ある先輩からは,「基礎研究もやっているなんて第一線で活躍する脊椎脊髄外科医ではないよ」というような訓示をいただいたこともあるが,わたくしとしては“骨を知らずして脊椎脊髄外科は務まらない”と思っている.脊椎再建手術においてバイオメカニクスが必須の知識であるのと同様に,骨を知ることは脊椎脊髄外科医にとって必要不可欠と信じている.
まず,骨代謝研究者ならではの脊椎固定術に関するこだわりをお伝えしたい.脊椎固定術はいまや脊椎脊髄疾患を治療するうえでなくてはならない術式のひとつであるが,ただ骨や人工骨を移植しただけではうまく治らない.この術式は生体の治癒力を利用した術式であり,組織修復の最初のスイッチをうまく入れ,修復カスケードがうまく回るような処置をする必要がある.この際,血管新生を促したり,増殖能,分化能の非常に高い骨膜細胞層を刺激するような母床作成が移植骨治癒に非常に重要となる.そのため,電気メスなどで骨の表面を不必要な部分まで徹底的に焼灼することには問題がある.また,骨の再生に必要な間葉系幹細胞の起源について諸説ある中であまり知られていないことであるが,骨膜や骨髄,経血管的にホーミングしてくる以外にも患部を覆う筋組織内から幹細胞が直接供給されるものもある.そのため,骨移植周辺の筋組織を愛護的に扱い,軟部組織でしっかりと骨再生を期待する部分を覆うことも重要である.移植骨もあまり細かく砕きすぎるとすぐに吸収されて,足場としての役割を果たせない.移植骨は足場として働くだけでなく,じわじわと吸収されることにより骨基質に蓄えられた成長因子を緩徐に放出させる担体としての役割ももつ.患者に痛い思いをさせてまで自家骨移植を行うのにも重要な理由がある.とれたての自家骨には前骨芽細胞や成熟骨芽細胞が多く含まれる.成熟骨芽細胞に増殖能はないが,前骨芽細胞は盛んに増殖,分化してすぐに骨形成を始める.そのため,間葉系幹細胞の増殖分化を待たずして骨の再生が始まる(jump start regeneration)という点で,新鮮自家骨は他家骨や人工骨を上回る骨再生能力をもつ.したがって,採取した骨を乾燥状態で長時間おいておくのは骨新生という観点からも非効率的であり,できるだけ移植直前に採取するのが理想的である.また,日本において広く使われている人工骨は基本的に足場としてしか働かない.そのため,多く入れすぎると骨新生の妨げとなることさえあるので注意を要する.最近の低侵襲手術手技は患者や医療者に多くの利益をもたらしているが,移植母床の作成や骨移植の技術がおろそかにならないように注意を要する.
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