連載 老いを育む・第2回
鍛えると育む
柏木 哲夫
1
Tetsuo Kashiwagi
1
1淀川キリスト教病院
pp.676-677
発行日 2020年7月15日
Published Date 2020/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.5001202155
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- 文献概要
前回は医学的にみた「老い」について述べました.「老い」には,見た目にわかる老いと,わからない老いがあります.医学的にみた老いには,たとえば,便秘になりやすいとか,老人性の口の渇き等がありますが,これらは本人が自覚するだけで他人にはわかりません.「主観的老い」といえるかもしれません.それに対して「客観的老い」があります.人が見て,この人は老人とわかる老いです.白髪,皺,老人斑等がそうです.その中で「隠せる老い」と「隠せない老い」があります.白髪は染めれば黒くなりますが,皺や老人斑は形成手術でもしなければ隠せません.皺は近くで見なければわかりませんが,遠くからでも「あの人は老人だ」とわかることがあります.老人独特の猫背と,つま先が上がらず歩幅が狭い「すり足」歩きです.
私自身が自分の老いをはっきりと自覚したのは脚の弱りです.10年ほど前,70歳ころからです.階段を降りるとき,あと数段というところで,脚がもつれて倒れそうになるのです.脚を鍛えなければと思いました.鍛えるというより,脚の力を育むといったほうが正確かもしれません.
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