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痛みは,感覚と情動の組み合わさった主観的体験と定義される1)(1974年,国際疼痛学会の定義)。主観的体験であるがゆえに,痛みには再現の不確実性があり,局所所見が明らかでない痛みは,原因を同定できない不定愁訴として対処されがちである。つまり,画像・検査で客観的に器質的評価ができる“感覚”は,他者からも共感を得られる一方,現在の医学技術ではとらえることのできない“情動”は,他者の理解の及ばない主観的体験として,感情や気分と同様に長く“心因”としてひと括りにされている(きた)。日本でペインクリニックを中心とする痛みの治療が発達する以前,痛みの多くは整形外科などでの物理療法や鎮痛薬(内服,湿布)で慣習的に対処されてきた。局所の器質的疾患(pain generator)が見いだされなかった場合には個人の人格や気質に帰され(それ自体は中枢神経の関与を示唆しているので必ずしも誤りではないが),対処のしようがないものとして放置されてきた。国民の性・年齢階級別にみた通院者率第4位(男女とも)である腰痛も例外ではなく,6か月以上続く慢性腰痛の85%は器質的原因が特定できない非特異的慢性腰痛であり,一見腰痛とは無関係にみえる心理社会的因子の関与がある2〜4)。
一方,機能的MRIなど脳機能画像の進化に伴い感覚や情動を客観的に把握することが可能になりつつあり,症状としての痛みを,局所以外の中枢神経の所見としてとらえられる時代を迎えつつある。その際,得られた客観的所見を裏づけるのは患者本人の訴える症状であり,症状を的確に評価する必要性が高まってきた。そのような状況のなかで,痛みの評価に心理社会的問題も加えるという意識が広がり,ペインクリニックの分野では,心理評価尺度としてhospital anxiety and depression scale(HADS,図1)やpain catastrophizing scale(PCS,図2)などのスコアを用いるようになっている。このようなツールは,患者のスクリーニングや治療効果の判定時に,痛みの“情動”因子を可視化する意味で非常に役立つ反面,その結果はバイタルサインのように常に変動するものである。つまり,初診時の評価は初診時のものでしかなく,患者本人の本質を必ずしも反映していない。自明なことであっても,多忙な臨床業務のなかで,心理社会的評価を頻繁に実施することは現実的ではないため,初診時の評価を修正できず陥穽に陥る可能性がある。
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