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診療で近頃感じることは,初診時にいきなり診断を問われることが珍しくなくなったことであろうか。それも,患者,家族はすでに答えを予想していて,こちらの説明にやっぱりそうですかという反応であったり,治療に対する希望を当初から述べることも稀ではない。もっとも,こうした状況に出合うのは,うつ病のように社会に広く認知されたいわば市民権を得た疾患であることが前提であろうし,私の診療の場がそうした患者が多く訪れる大学病院であることにもよるのだろう。精神科受療の敷居が低くなり,インターネットをはじめとするマスメディアを通じて,精神疾患についての情報が容易にかつ過剰に入手できる現状を反映しているといえばそれまでだが,事はそう単純ではないのかもしれない。迅速な対応,治療に診断は不可欠だが,精神科の診断が一筋縄ではいかないのは周知の通りである。「診断は治療と不分離」と言い出すまでもなく,病因論が脆弱な精神科診断の医学的な意味での不確実性を考えれば,診断の持つ意味を考えながら治療にあたる姿勢は今も欠かせない。
診断をめぐる問題は,たとえば治療薬選択の時にも実感する。診断病名を決める際にも,薬の保険適応としての病名を少なからず意識する。統合失調症の治療薬として登場した非定型抗精神病薬は,精神病症状ばかりでなく情動の安定化に有効であることが知られている。実際,感情障害に対する効果は広く知られており,時にはパーソナリティ障害に対しても効果を示すことある。個人的にはむしろこうした疾患こそ適応としてふさわしいと思うこともしばしばで,抗精神病薬という命名はどうもおさまりが悪い。抗うつ薬としてのSSRIも然りである。うつ病以外の疾患に対しても次々と保険適応が認められてきたが,その薬理作用からすれば,セロトニン機能失調と関連した精神疾患に対する有効性は当然といえる。いずれにしても,薬と単一の疾患との厳密な対応は困難になりつつある。病名との対応が柔軟に過ぎると適応病名そのものが有名無実化するという危惧もあろうが,症状や状態との対応のほうがより実状を反映しているように思う。
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