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ICU退室後患者が,病院退院時にICUを訪問してくれることがある。どの患者にも思い出があり,特に生死の境をさまよった患者ほど,われわれの記憶に鮮明に刻み込まれているものである。しかし,われわれはしばしば,目の前にいるその患者が,ICUで生死の境をさまよっていたあの患者と同一人物であると,にわかに信じられない。まず,見た目の印象が圧倒的に違う。それに,ごく普通の穏やかな会話が成立する。目の前にいるその患者が,数か月前,夜中に大声をあげて看護師やレジデントに暴力的になったその同じ人物であるとはとても想像できない。
われわれが患者に関する記憶と現実の印象のギャップに戸惑う一方で,彼ら患者の多くもICUにおける出来事を微塵も覚えていない。抜管後,ICU内で日常会話を交わし,食事もし,時には歩いてもいたのに,である。
過去に筆者は,このようなICUのOB・OGとの会話の中で,彼らがICU滞在中の記憶を喪失していることに安堵し,「ああ,よかったですね,つらい記憶がなくて」と幾分かの感慨をもって答えていた。おそらく,若い生真面目な麻酔科医として,術中覚醒や術中記憶を心から恐れ,ICUにおいてもそのような記憶がないほうがよいと信じていたからであろう。しかし,その後に勉強を積み,経験を重ね,実は良かれと信じてきたことが,むしろ有害である可能性があることに気づかされた(コラム)。すなわち,ICUにおける安易な鎮静が,ICUを無事に退室した患者の1年後,2年後の高次脳機能,精神状態,ひいては生活の質(QOL)にまで影響を与えているのではないか,という懸念をもつようになったのである。
本稿では,まず基礎知識としての鎮静の利点と弊害,現代ICUにおける標準的な鎮静の考え方について紹介し,その後,本題であるICUにおける鎮静が患者の高次脳機能にどのように影響するかというテーマを紹介したい。キーワードは,鎮静,ベンゾジアゼピン,譫妄,記憶,認知機能障害,うつ,PTSDである。
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