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はじめに
『医療とケアの現象学』という書物
筆者は2023年8月に,西村ユミ氏との共編で『医療とケアの現象学—当事者の経験に迫る質的研究アプローチ』(榊原,西村編,2023)を上梓した。本書は,筆者が代表を務めた科学研究費助成事業のプロジェクト「医療現象学の新たな構築」〔基盤研究(B)2016〜2018年度〕の研究成果論文集であり,本書にはこの研究プロジェクトのメンバー12名全員の論考が収められている。
本誌では以前,この研究プロジェクトについて紹介させていただいたことがあるが(榊原,2017a),そのコンセプトと目的は,「当事者にとって世界がどのように経験されているかに着目する現象学という哲学の特質」を活かして,「医師の視点,看護師の視点,介護福祉士や社会福祉士の視点,さらに患者の視点から医療活動という事象を解明し,それらをできる限り患者と家族の生活世界的視点に向けて繋ぎ合せ総合する」こと,そして「患者や家族の生活世界に思いを致し,彼らが疾患や生活をどのように経験しているのかを,彼らにできる限り寄り添いつつ理解するためにはどのような視点が必要かを,現象学という哲学を手がかりに明らかにする」ことであった。いまから振り返れば,いかにも大きな目標であったし,むろん当初から3年間の研究プロジェクトでこの目標を十全に達成できると考えていたわけでもないのだが,それでもプロジェクトが終了して4年余りを経てようやくまとめられ,公刊された論文集では,哲学,看護学,医学,社会福祉学の研究者や現場で働く医師が,自らの経験に,あるいは医療者や医療を受ける患者・家族の経験に,現象学的にアプローチすることで,医療とケアをめぐる各々の経験の成り立ちを,医師,看護師,社会福祉士,そして患者やその家族各々の当事者の視点から,いささかなりとも記述することができたのではないかと自負している。
本書の特徴は,医療とケアの実践に関わる医師や看護師や対人援助職,さらに医療を受ける患者や家族にとって,その実践がどのような意味で経験されているのか,その経験の成り立ちを「現象学」という哲学の方法論ないし精神に則って,各々の当事者の視点から明らかにしようとしたところにある(榊原,西村編,p.ⅰ)。しかし本書では,それぞれの当事者の経験の成り立ちを現象学的に明らかにし,その成果の記述をまずもって読者に読んでいただくことを第一に考えたために,経験の成り立ちを記述する際に用いた現象学的方法そのものについて,詳しく論じることはしなかった。筆者は,「現象学」という哲学について,また現象学という哲学の方法論ないし精神に則った「現象学的アプローチ」ないし「現象学的方法」について,すでに別の様々な機会に論じてきていたので,重複は避けたいという思いもあった。けれども,本書の内容に即してあらためてその方法を明らかにし,基礎づけることは,やはり重要なことである。そこで,与えられたこの機会に,本書の方法論について,現時点で考えている原理的なことがらを紙幅の許す範囲で述べることにしたい。
以下,本稿で論じたいのは,1.そもそも経験を記述するとはどういうことか,2.記述される「経験の成り立ち」とは何か,3.インタビューを通じて当事者の経験が記述される場合,そこでは何が生起するのか,4.経験の記述を読者が読むとき,そこでは何が生起するのか,の4点である。
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