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はじめに
筆者は,ここ10年程,質的研究の正当性等について考察してきた註1。今回,「応答的理性」という概念に基づいて,これまでの考察をまとめるとともに,より包括的な理論的立場の可能性を検討する。
「応答的理性(responsive rationality:responsive Rationalität)」は,現代ドイツの哲学者B. ヴァルデンフェルスの概念である(Waldenfels, 2013)。この「応答的理性」を,本稿においては主に質的研究の営みを考察する概念として適宜改変して用いる。「応答的理性」の主な論点は2つある。
第1の論点は,質的研究の基本的な研究単位(unit of study)註2としての「応答性(responsiveness)」(一連の応答)の重視である。質的研究の特徴としてしばしば「文脈性」が挙げられるが,この「文脈性」の中心的な事柄を「応答性」とみなすということである。
このような「応答性」については,西村(2016)の現象学的研究等において度々指摘されているけれども,この「応答性」を本稿では「何らかの不一致の存在」から考えてみたい。
第2の論点は,論文等の研究成果とその読者との関係としての「応答性」である。質的研究の中でも一例の研究に関しては,その成果の一般化可能性が問題視される。これに対して,教育学者のStake(2000[1978])が「(読者による)自然な一般化」を提唱し,さらにこの「自然な一般化」を受けてLincoln & Guba(1985)が「転用可能性」を主張したことはよく知られているであろう。
本稿において,論文等の研究単位としての「応答性」の詳しい叙述が,読者の「応答性」を誘発しうることに着目する。その際に,「(論文等を)読むこと」や「自己と他者との関係」,そして「読者による一般化」等を解明することが「応答的理性」の主張の基盤となるのであり,これらの解明を通して質的研究の営みを考え直す予定である(全3回の掲載の予定)。
今回は,一例の質的研究に何らかの「普遍性」あるいは「一般性」を主張する3つの所説を紹介して,その論点を明らかにする。次回(第2回)は「応答的理性」の1つの理論的な基礎となるJ. Brunerのナラティヴ論,ならびに読むことの現象学的考察を検討する。そして,第3回(最終回)は,「応答的理性」の内実と課題について考察する。
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