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看護面接における言葉と患者—看護婦関係—精神科5症例とのつきあいの中から
里中 ヨオ子
1,2
1元:奈良県立医科大学付属病院・精神科病棟
2現:PL学園衛生看護専門学校
pp.409-421
発行日 1979年7月25日
Published Date 1979/7/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663907347
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はじめに—看護面接の理念と現状
看護は人間相手の仕事であるとか,患者の人間性の回復とかいわれている中で,看護実習の学生や新しく精神科病棟へ配属になったナースに,‘私は話が下手だから精神科の看護はやっていけるかどうか不安です’とか,また‘こんな時どう答えたらよいのでしょうか?’などとよく尋ねられる.あるいは患者—看護婦関係の治療的意味をつかみかねて,‘何をしていいのかわからない.黙っているのは苦しいし,急に怒られたりするといやな気持ちになる’と言われたりする.
その反面では,‘共感的理解’‘受容する’‘非言語的な訴えに目を向ける’などと,私たちはいとも簡単に口にするようになってきている.しかし,そんなに簡単なものであろうか?受容しているつもりが,単に患者との相性のよさであったり,あるいは依存心を助長させる結果に終わっていたり,対話に心掛けているつもりで,最後のところでは‘よい患者’という一方的な役割期待で患者を見ており,少しでも患者から看護婦としての構え,さらには人間としての構えに触れられると,話題をそらしてしまったりしているのではないか?
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