編集デスク・16
本についてのエチケット
長谷川 泉
pp.29
発行日 1962年6月1日
Published Date 1962/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663904205
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森鷗外は,書籍については実にきちんとしていた。古本屋を歩くのが好きで,観潮楼を中心に本郷の古本屋街はよく歩いて本を求めた。本の値を値切るということは絶対になかった。買った本は製本のくずれているものは自分で補修をした。東大にある鷗外の旧蔵書には,鷗外が製本し直したものや,鷗外自身の手で書名を記したものなどが残されている。
鷗外はこころよく人に本を貸したが,その本を返さない人には困ったようである。そのことをみずから述べている。本は,いつどの本が入用になるかわからない。だから一見必要でないように見える本でも,やはり手もとにおいてないと不便なのである。鷗外のように昼は軍務に服して実際に読書をしたり,ものを書いたりするのは夜や祭日の僅かな時間のみである人にとっては,必要で集めた本を貸し出してそれが返ってこないことは痛切に困ることであったであろう。私にもその体験があるので,その気持はよくわかる。
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