第2特集 看護学生論文─入選エッセイ・論文の発表
エッセイ部門
【柳田邦男賞】シャッター
片山 奈津美
1
1自衛隊中央病院高等看護学院1年
pp.660-661
発行日 2012年8月25日
Published Date 2012/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663102150
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小さい頃,一軒家に住んでいた。そこにはガレージがあり,車以外にもガラクタや,いずれ使うもの,よくわからないものが雑多に置いてあった。そして私の宝物も隠されていた。何を隠していただろう。今ではあまり思い出せないが,木の実やビー玉のようなものを誰にも見つからないように置いていた。ビー玉が好きだった。陽の光を当てると透き通ってキラキラして。この透き通った世界をずっと眺めていたいと思った。でも,今はどうだろう。いくらビー玉を透かしてみても,もやもやとした私の心を反射して,曇り空が広がっている。
「俺の言っている通りにやれ! あんたは何もわかってない!」と怒鳴られたのはA氏の退院当日の朝だった。A氏は認知機能の低下が見られ,今と過去の記憶が混合し,会話につじつまが合わないことも少なくなかった。その日は明け方から不穏状態だったようだ。けれどA氏のこの訴えは心に響く訴えだった。“何もわかっていない”。A氏はベッド上安静だったが,朝,急に「コーヒーを飲みに食堂へ行く!」と言い,力を振り絞って起き上がり,私に車椅子へ乗せるよう訴えた。私は「お待ちください,今すぐ看護師を呼びますので」と言い,ナースコールを押した。A氏は「俺は明け方も電話をかけに一人で電話ボックスへ行ったんだ! 本当だぞ! 一人で移動できるから早く車椅子へ乗せてくれ!」と,何度も訴えた。そのように私に延々と怒鳴り続けた。
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