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はじめに
医薬品等の治療法の開発には人を対象とした臨床試験が不可欠である。近年,病因の解析などの基礎研究の成果を臨床に応用する初期の臨床試験段階であるトランスレーショナルリサーチ(Translational Research;以下,TR)(図)の重要性が認識され,積極的に取り組むべき課題とされている1)。TRでは,進行がんなどの難治性で標準的治療法がない段階の疾患が主な対象となるため,一般に被験者となる患者への臨床効果は期待しにくい2)。また,第I相試験や早期第II相試験(第IIa相試験)の初期の臨床試験であるため人に対する有効性や安全性に関する情報が限られる2)。これらのことから,TRには非臨床試験データなどの十分な科学的根拠と生命倫理の遵守が必須である。
一方,製薬会社主導の治験と異なり,大学で実施されるTRの多くは,研究者(医師)が自ら計画・実施する医師主導TRである。そのため,前段階である非臨床試験から,試験計画の策定,試験物の製造,投与,データ管理などのTRのさまざまな過程を支援する実施体制の整備や,TRに携わるさまざまな専門家の確保を,責任医師と実施施設は自ら行わなければならない3)。
臨床試験に関わる専門職である臨床研究(治験)コーディネータ(Clinical Research Coordinator;以下,CRC)が近年重要性を増している。CRC連絡協議会による初学者を対象にしたCRC養成研修や日本臨床薬理学会による経験者を対象にしたCRC認定制度などにより,CRCは積極的に養成されている4)。CRCは,臨床試験(特に新薬の承認を目的とした臨床試験である治験)において,責任医師の支援,被験者へのケア,治験依頼者への対応,チームの調整などの役割を担い5, 6),半数近くが看護師である。
TRにおけるコーディネータ(Translational Research Coordinator;以下,TRC)にも,CRCと類似の役割が求められるが,さらに医師主導TRの場合,被験者のケアや権利保護などの倫理遵守支援と実施体制の調整が一層期待され,TRCにはより幅広い役割が課せられる7, 8)。このような役割を果たすためには,投与物の調製に関する知識と施設内での調整能力,および標準療法の存在しない患者を対象とした初期試験の特異性の理解と経験が必要である。しかしTRCに特化した体系的な研修や認定制度は存在せず,CRCを対象にした研修や教育を基に各医療施設が模索しているのが現状である。
CRCやTRCの重要性が認識されているのにも関わらず,これまで看護系大学や大学院ではその教育体制は不十分であった9)。研究者および施設自らが独力で体制を整備し専門家を確保したうえで実施される医師主導TRを推進するためには,とりわけ,高度な実践・研究能力の修得が求められる看護系大学院教育で,臨床試験やTRに専門的に関わり,倫理順守支援や実施体制の調整を自律して行うことができる看護職を養成する必要があると考えられる10)。そこで,われわれは,看護職によるTRC養成を目指し,2007年度より3年間「トランスレーショナルリサーチ看護学」という教育プログラムを実施した。本プログラムでは,東京大学医科学研究所で行われているTRを例に,TRとTRCの役割を学習できるよう計画した。本稿では,われわれの3年間の取り組みと今後の課題について報告する。
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