特集 気になる「閉じこもり」とは—改めて「老い」を考える
「老い」とその先にある「死」—問題となる「閉じこもり」とは
鳥海 房枝
1
1清水坂あじさい荘
pp.6-10
発行日 2000年1月10日
Published Date 2000/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662902121
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はじめに
1998年10月末に開所した区立特別養護老人ホームで,日々障害を持つ老人に接している。入所者120人,ショートステイ用ベッド数40床,デイサービス通所人数が1日あたり25〜30人という規模の施設である。入所者の平均年齢は83歳。公的介護保険の実施を意識し,開設準備時に行ったホーム入所者の決定では,障害の重い人を受け入れるとした。結果的に,1年以上の待機者の中から,痴呆による俳徊のある人はすべて受け入れ,機能障害も重度の人を優先した。
日中は約200人にもなるこの施設でみる老人の姿は,まさに個性の塊である。「死にたい」「死んだ方がいい?」「淋しい」といった言葉もとびかうことがある。そこには決して老人,あるいは“呆け”や“寝たきり”といった状態像では語れない1人ひとりの暮らしがある。
私が保健所に勤務していた時代の昭和54(1979)年に行政からの訪問事業が開始された。その後,老健法に基づく機能訓練事業,虚弱・寝たきり老人への在宅サービスを統合したおとしより相談係から現在までに,生活障害を持つ多くの老人に出会っている。それらを振り返りながら,「老い・死・閉じこもり」について考えてみたい。
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