沖繩の公看活動 第5回
先島—八重山 その1
浦野 元幸
1
1三重県衛生部
pp.58-59
発行日 1969年9月10日
Published Date 1969/9/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662204501
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§西表の山越え
山のあなたの空遠く山猫すむと人のいう。その西表でついにまぼろしならぬ本物の山猫が生け捕りされて大騒動になった。歴史的生物の1つだからである。げに西表は秘境である。全国歩きまわった私でも北海道級の感銘を与えてくれる。仕事に追われる毎日でついに対面かなわぬままに上野行となってしまった。山猫はその後ももう1匹捕れた。骨は発堀されながら山猫の存在そのものには議論があったのである。山猫とはヒョウの1種できわめて獰猛だという。
馬にのった郵便配達,水牛のなき声,いのししのさしみ。1966年の初夏,当時東京病院からDr. 荻原隆,私の中学からの悪友Dr. 石原啓男,それに伊藤桂児レントゲン技師と私が派遣医として沖縄に滞在していた。宮古で学会があるのを幸い,連休を利用して八重山の離島西表の西部,祖納へ集まった。その当時の派遣医のほとんどが一行であった。Dr. 石原と私と2人は,何とか西表西部から東部へその秘境を山越えしたい野心があった。しかし祖納へ前夜とまっていのししをたべながらの話では,道に迷う危険,案内人が都合悪い,万一のとき派遣医として不謹慎,なぞの理由で折角の秘境踏破の野望も捨てざるをえなかった。翌日,一行約15名はそれぞれサバニに分乗して西部海岸線を上り,さらに浦内川をさかのぼったのである。天然のヒルギ林(マングローブ)は東部の仲間川にまさるとも劣らない。
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