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舞台裏の人々
所沢 綾子
1
1編集部
pp.10
発行日 1960年8月10日
Published Date 1960/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662202141
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一度,舞台の上ではなばなしく脚光をあびたことのある人間は,その魅力を忘れることができないという.つまり演劇の世界で俳優稼業についたことのある人は,俳優をやめることが出来ないということである,私も多くの演劇人の友達を持つている.何年も役が与えられずにくさり切つている人もいる.また自分が俳優としての才能があるかどうかと悩んでいる人もいる.しかし何年ぶりかに逢つて「どうしているのか」と聞くと多くの人が,「まだやめられないのだ」という.どんなに苦しくても頑張つているし,またやめることが出来ないのだと言う.どうしても,もう一度舞台を踏みたい,あの役をやつてみたいという思いは,全く執念と思われる程につよく,その根気とねばりに感心させられるのが常である.
たしかに何百人という人々の心をとらえて,ある共感にひきずり込んでいこうとする—あの舞台の上の俳優が感ずる魅力はすばらしいものであろう.そして自分以外の人間に生きようとする創造力も,どんなにか生き甲斐のあるものであるだろうと思われる.だが,私が演劇という世界に感ずる魅力といおうか憧憬に近い思いは,俳優よりもむしろ裏方の世界にある.裏方とは舞台に出ないで,俳優が演技をするためのあらゆる条件を作る人々である.舞台監督をはじめ,舞台装置を作る人,小道具をそろえる人,時代考証をする人,照明,効果等々に当る人々である.縁の下の力持ちという言葉のあてはまるのはこれらの人々であろう.
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