新刊紹介
—三島由紀夫 著—「金閣寺」,他
松本 一郎
pp.56-59
発行日 1957年1月10日
Published Date 1957/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201337
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朝鮮に勃発した戦争が世界中を不安におとしいれていた昭和26年の夏,日本では世界をアツと云わせる一事件がもちあがつた.ひとりの仏教学生が金閣寺に放火して,この名刹を灰にしてしまつたのである.金閣は足利三代将軍義満が西園寺家の北山殿を譲りうけて,ここ大規模な別荘を営んだなかの,主要な仏教建築のひとつで,義満の死後,北山殿は遺命により禅刹となり鹿苑寺と号し,その建物も他に移されたり,または荒廃したりしたが,金閣だけは幸い残されていた.勿論,国宝である.それを金閣寺に関係のある仏教学生が燃してしまつたのだから,世間がびつくりしたのも,無理はない.無規道なアプレゲールの奇嬌犯罪として,その非行を痛烈に非難したものである.
三島由紀夫のこの小説は,その事件をとりあつかつたもので,主人公は犯罪者当人.一人称「私」という形式で,主人公のおいたちから金閣寺放火にいたるまでの行動を,心理的に追つている.「私」は舞鶴から東北の,日本海へ突きでたうらさびしい岬に生れた.父はその岬の或る寺の住職.幼時から父は,「私」によく,金閣のことを語つた.長じて「私」は金閣寺にあずけられ,そこの徒弟となつて得度し,大谷大学の学生になる.
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