書評
—クローニン作—二つの世界に賭ける
石垣 純二
pp.46-47
発行日 1953年8月10日
Published Date 1953/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200577
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シラー,チエホフ,カロツサなど医師出身の作家はずいぶん多い.また「医師ギオン」「アロウスミス」など,医師を主人公にした作品も多い.しかし「城砦」は医師出身の作家が,医師を主人公にした作品を書いて,華々しい成功をかち得た点でちよつと稀らしい例だと思う.「城砦」をおよみになった方は,おそらく,あのマンスン医師夫妻の愛すべき生活を忘れ難く,記憶の底にのこして行かれるだろうし,ことにマンスン夫人は,洋の東西,時の古今を問わず,男性にとつて理想的な妻の一典型として永遠に消えない人間像を文学史上に誇るだろう.
私のようなものでも,夫のためチーズの小さな包みを指尖にぶらさげたまゝ,不慮の交通事故に冷たくなつて行くラストシーンの彼女を思うたびに,いかにもかつて生きていた現実の人間の悲劇的の死のごとく胸が痛むのである.(このごろの日本の作家の作品中にこれほどの力強い個性の創造が一つも見られないことは実に情けない.)
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