文学
歴史と小説の間—井上靖の文学
平山 城児
1
1立教大学文学部
pp.78-79
発行日 1964年5月1日
Published Date 1964/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912252
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井上靖の「風濤」を読んでいると,友人がやって来て,今度の芥川賞の「感情旅行」を読んだか,なんだ,まだ読んでいないのか,すごく面白いぞ,読め読めというので,「風濤」はしばらく中休みして,「感情旅行」を読んだ。出だしから軽快な話のはこびぶりで気のきいた会話の妙味にひかれ,あっという間に読みおえてしまった。たしかに才能のある新人である。おっとりと構えたところなどは微塵もなくて,のびのびとお喋りをしながら,ひとりの“かわいい女”を描ききっている。でも,この作品は,なるほどさらっとしていて後味はいいけれども,なんだか頼りのない,ふわふわした印象しか残らない。要するに,これは“コカコーラ文学”だなと私は思い,再び「風濤」の描く,13世紀末の高麗国の悲劇へと,頭を切りかえて行ったことだった。
井上靖は,「猟銃」と「闘牛」でデビューした。「闘牛」は,昭和24年度下半期の芥川賞になった。しかし,彼がデビューをした年に,彼はすでに42歳であり,この点だけをとりあげても,一般に年齢の若い作家に与えられる芥川賞の常識を破っていた。
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