文学
内面的冒険小説—大江健三郎の文学
平山 城児
pp.76-77
発行日 1964年12月1日
Published Date 1964/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912478
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コロンブスのアメリカ発見,マゼランの世界一周など,地理学上の冒険は,18世紀でおわってしまった。新大陸であるアメリカでも,西部開拓の波が太平洋まで達すると,本当の意味でのフロンティヤーは,もうどこにもなくなってしまった。一方科学の発達は,おばけや神秘の世界をつぎつぎに明るみに出し,今日の子供たちは,情緒的なおばけには驚かなくなってしまい,この世はまことに散文的でしかなくなった。
日本の近代小説は,ヨロッパの自然主義の流れをうけて成長したうえもともとこれ以上発展しようもない狭い島国のなかで,重くるしい家族制度の枠にはさまれて,ひしめいているところから生まれたのであるから,ハツラツとした行動の文学は,望んでも得られるはずがなかった。それを補うかのようにいわゆる大衆文学の世界では,秀吉や鞍馬天狗や机竜之助が,さっそうと活躍していたが,その活躍の舞台はきまって戦国時代か幕末の動乱期だった。作者も読者も,今日われわれが生きている社会には,たとえば,鞍馬天狗のような人物が縦横無尽に活躍する余地がないということを,はっきり知っていたのである。その事情は,現在でも同じことで今後ますます,こうした傾向が強まるとしか思えない。
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