一冊の本
「敦煌」—井上 靖(講談社,昭和34年)
一柳 邦男
1
1山形大学医学部・麻酔科
pp.1701
発行日 1985年9月10日
Published Date 1985/9/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402219944
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同じ小説を繰り返して読むという習慣は私にはない.しかし例外が一,二ある.その一つは井上靖の「敦煌」である.敦煌城外莫高窟の一窟に数百年間秘匿されてきた仏典数千巻が,1907年英国人スタインによって発見されてから,世にいう敦煌学が起った.しかしこれら仏典を,誰が何時いかなる動機で隠匿したかについては定説がない.
井上はこれを,1038年敦煌(当時漢族曹氏の独立国であった沙州)が北方タングート族の西夏の侵入によって陥落した時に比定し,経典を埋めた人物を,宋の進士試験に失敗した趙行徳という若者にあてている.西夏という強盛な新興国に興味をもった趙行徳は,西夏の漢族外人部隊の一員として河西に転戦するが,その途次西夏に逐われた甘州の回鶻族の王女を保護しようとして果さず,王女を自殺させてしまう.それが縁で仏教に帰依した趙行徳は,沙州陥落によって大量の仏典が焼亡するのを惜み,これらを莫高窟に秘匿する,というのがこの小説の筋である.
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