教養講座 小説の話・16
私小説のこと
原 誠
pp.52-55
発行日 1957年11月15日
Published Date 1957/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910481
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私小説はふつう,「わたくししようせつ」とも「ししようせつ」ともいつています。この言葉のもともとの起りは,Ich romanというドイツ語のようです。1人称小説という意味でしよう。つまり小説の主人公が「私」「僕」「俺」などという1人称で,その「私」や「僕」や「俺」が,かくかくしかじかのことをしたというのを語つた小説です。ところがここで注意していただきたいことは,それなら「私」「僕」「俺」の小説なら,なんでも私小説かというと,そうでをよないのです。原田康子の「挽歌」や三島由紀夫の「金閣寺」はそれぞれ「わたし」「私」という1人称でつづられた小説ですが,しかしあれは私小説とはいわないのです。このへん,少し混乱しがちですが,日本の私小説というのは,Ich romanを直訳した1人称小説というのとかなり性格がちがつています。いわば,きわめて日本的なものなのです。
私小説という言葉がわが国の文芸用語としてつかわれはじめたのは,大正12年〜13年頃からのようで,その頃,本格小説という春のに対立して私小説,あるいは心境小説という言葉が久米正雄などによつてもちだされました。そして日本の近代文学で最初の私小説は,田山花袋の「蒲団」だといわれたものです。
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