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この号が出るころには少し古い話題となっているかもしれないが,この原稿を書いているまさに2016年6月16日,米マーリンズのイチローが,ピート・ローズのもつ記録を30年ぶりに更新し日米通算4,257安打を放った.メジャーのみの記録ではなく日米の合算であるため公式記録ではないが,偉業であることは間違いない.この号が出ている秋頃にはおそらく史上30人目のメジャー通算3,000本安打も既に達成していることと確信している.彼が4,257安打を打った後の会見で次のように語っていた.「(声援に応えることを)しないことが,僕の矜持だったが,今回は(総立ちのファンに向かって)挨拶した」.一見そっけなくも思える発言だが,彼のこの“矜持”という言葉はどこからくるものなのだろうかと興味がわいた.
私は米国留学中に,幸運にも当時ヤンキースに所属していたイチローの試合をミネアポリスのターゲット・フィールドで観戦する機会を得た.敵地での試合にもかかわらず,彼の名前が呼ばれると敵チームのファンからもその日一番の大歓声が上がったことをよく覚えている.その日彼はあと1本でサイクル安打という大活躍であった.日本人の贔屓目でなくとも彼のプレーは美しく,テレビで映らない部分での観客サービスなども見せてもらい,正にプロフェッショナルという姿に感動を覚えた.イチローは名言も残しているが,基本的には多弁なほうではなく,あくまでプレーでわれわれを魅了してきた.ここで先ほどの“矜持”について私なりに考えてみた.彼の中では4,257安打は4,256本の次の1本に過ぎず,それは毎日の積み重ねの結果であり通過点に過ぎない.それ故数字に対してあえて喜びを表さないことを示すため彼は“矜持”という言葉を用いたのではないだろうか.彼にとっては4,257打目が重要なのではなく,毎日の1本1本すべての安打が同じように重要なのだろう.
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